ワンス・アポン・ア・ナイト
「王妃さま……って言いにくいので“姫さま”でいいですか? 市井ではそう呼ばれてましたし」
もう呆れて言葉も出ませんでした。
こんな状況でなければ、何らかの罪に問われていましたわ。
私の反応など気にも留めず、あなたは勝手に、私を“姫さま”に決めてしまいました。
「姫さまは、ずいぶん割り切っていらっしゃるんですね」
天蓋を見上げながらあなたが言う意味が、あの時はわかりませんでした。
「それが私の務めですもの」
「好きじゃない男との子でも?」
「別にあなたのことは嫌いではありませんわ」
「国王陛下と似ているから?」
「条件は似ていますけど、夫とは別人です。だけど、子を為すのは誰とでもできるでしょう?」
あなたはとても驚いたようで、私の顔をまじまじと見ます。
「陛下を愛してはいらっしゃらないのですか?」
あなたの瞳を見たまま、私は考え込んでしまいました。
そんなことを聞かれたのは、初めてだったのです。
「考えたこともありませんでした」
「なぜです?」
「だって、生まれた時から決まっていましたもの」
生まれた時からの婚約も、その相手が父親ほど年が離れていることも、血が近いことも、王家ではよくあること。
「陛下との間では本当にできないのですか?」
「恐らく。他にいる恋人たちとの間にもひとりもできていないようなので」
「え!?」
あなたが驚いたので、私も驚きました。
「仲睦まじいご夫婦だとばっかり……」
「仲はとてもいいですわ。だって家族ですもの」
両親を大切に思うように、夫のことも大切に思っています。
当然でしょう?
「姫さまは、それでお幸せなのですか?」
この人は、どうしてさっきから変なことばかり聞くのだろうと、ほとほと呆れていました。
「不幸だと思ったことは一度もありません」
「これは庶民の考えかもしれませんが」と控えめに前置きして、それでもあなたは確信を持って私に告げました。
「こういうことは、本来、想い合った相手となさるべきですよ」
あまりにきっぱり言い切るものだから、私は言葉を返せなくて、結局あなたと同じように天蓋を眺めました。