(完)嘘で溢れた恋に涙する
うとうととしかけていたが、さすがにここで寝ちゃまずいと思いなおし、眠気覚ましのためにも一度家に帰ろうと立ち上がった。


もう一度くればいいや。


そう軽く考えて、元来た道を戻りじいちゃんとばあちゃんの暮らす家を目指し始めた。


道の途中には、由姫が過ごしていた親戚の家があり、そこの前を通るときは自然と反対方向を見てしまうのが俺の癖だ。


決して無意識のうちにその姿を探してしまう、なんてことがないように。


無事通り過ぎると、すぐに家に着き、チャイムを押すとばあちゃんが嬉しそうな顔をドアの隙間からちらりと見せた。


「よう来たやんね~。この前の試合はどうやったと?」


ばあちゃんは俺を玄関に招きいれながら、そう尋ねてきた。


答えようとすると、じいちゃんも玄関まで来てくれてそこで話がいったん途切れた。


「陸玖、おかえり」


「ただいま、じいちゃん」


そう言いながら、リビングに移動して俺は丸テーブルの一番手前に座り、じいちゃんとばあちゃんは並んで向こう側に腰を下ろした。


これがここの家での家族の定位置だった。


話題はもう一度俺の試合のことに戻った。


じいちゃんとばあちゃんは俺がレギュラーメンバーに選ばれたことを言うと大喜びして、ほとんどの試合をわざわざ見に来てくれた。


だけど、決勝戦だけが地域の会議の日と重なってしまい見にこれず、結果はまだ伝えていなかったのだ。


「優勝したよ。俺は前半だけ試合に出た」


「あらあすごかあ…。おめでとう」


「陸玖がよく頑張ったけんやな」


「試合ば見に行った時も陸玖が誇らしくて仕方なかったばい」


「あがんでかか相手ば何回も止めて、ボールば奪ってからすごかったぞ」


じいちゃんとばあちゃんは感心したような顔つきで口々に俺のことを褒めてくれた。


しかし「本当にあの子たちにも見せてやりたかった…」とばあちゃんがポツリとそう漏らすと、一気に場は静かになってしまった。


まだ亡くした家族のことを笑い話にできるほど俺たちの心の傷は癒えちゃいない。


慌ててなんとかその空気を変えようとしたのか、ばあちゃんはコップとお茶を持ってきて俺に冷たいお茶を注いでくれた。


俺も全く別の話を持ち出した。


「そういや、林の夕陽の場所の花って何の花なの?」


うまく話を変えられて、かつ聞きたかったことを聞けて満足している俺の目に映ったのはあまり予想してなかったじいちゃんとばあちゃんの表情だった。


2人とも話についてこれていないといった感じでポカーンとお互いの顔を見合わせていた。


雑な言い方だったかなと反省し、もう一度丁寧に聞き直す。


「ほら、じいちゃんが父さんに教えたっていう近くの林の中にある夕日のきれいなところだよ」


そこまで言うと、じいちゃんは納得したように手を打った。


「ああ、あそこか」


ばあちゃんも思い出したような顔をしたものの、不満そうに眉をしかめた。


「あんたまさかあの危ないところにあの子は陸玖たちを連れていきよったと。あのバカ息子」


バカ息子とは俺の父さんのことに違いないだろう。


まあ確かにあそこは崖から落ちればまず助からないだろうし、危ないといえば危ない。


「それで、そこが何したて?」


じいちゃんがもう一度俺に聞き直してきて、様子がおかしいなと思いつつ素直に答える。


「じいちゃんとばあちゃんがそこで花育ててんだろ?その花は何かなって」


そう聞くと、じいちゃんもばあちゃんもまたさっきのような態度で首をかしげていた。


そして衝撃的なことを言った。


「そんなの知らんよ。そもそもじいちゃんたちはそこには何十年もいっとらん」


「は…。嘘だろ。だってあの場所知ってるのもうじいちゃんとばあちゃんだけだろ」


思わず強い口調で反論すると、じいちゃんは申し訳なさそうな顔で首をすくめた。


「まあ、そうやろうけど」


2人が嘘をつく理由なんてどこにもないことは理解しているけど、どうしても受け入れられない。


だってほかにそんなことする人いるはずない


それを口にしようとしたがはっと動きを止めた。


そうだ、1人だけいた。


どうして忘れていたんだろう。


俺がその信用を得るためにあいつが転校してきてすぐ連れて行ったんじゃないか。


俺とじいちゃんとばあちゃん以外にあの場所を知っている奴は、


由姫しかいない。


それ以外考えられない。


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