(完)嘘で溢れた恋に涙する
部活や用事で他の下宿生たちは誰もいなくて、おばさんに軽く声をあげて下宿を出た。

外に出てしばらく歩いたところでまだ行先を聞いていなかったことに気づいた。


「ねえ、どこ行くの?」


「へ、特に決めてないけど。どっか行きたいとこある?」


「…ノープランなのによくあそこまでしつこく誘ってこれたね」


「ひどっ、俺部活してたんだからそんなの考える暇ないに決まってんじゃん」


言い訳はあまり理解できないが、確かに私の言い方は酷かった。


自分の中のイライラを無意識にぶつけてしまってる。


「ごめん。でも私特に行きたいとことかないんだけど」


「んーーー、じゃあマルポートでも行くか」


「ええ、今日休日だから人多いでしょ」


「だって他に考え付かないんだもん」


そうやって妥当な判断を透が下し、結局そこに行くことになった。


どこかに行こうとなっても具体的な場所が決まらないのであれば、ここらに住んでいる人たちはだいたいその判断をする。


バスに乗ってしばらく揺られるとそこに到着する。


入ると、予想通り人は多くて、家族連れや友達同士、恋人同士で楽しそうに買い物を楽しんでいる。


私はというとすでにそのうごめく大量の人たちを見てるだけで、そこに入る気をなくし歩く足を止めていた。


透は気づかず、人の波に突入しようとしていたが寸前のところで隣から私が消えたことに気づいて引き返してきた。


「何してんだよ」


「いや、人が多すぎて」


「大丈夫だ。すぐ慣れる」


「そんな訳ないでしょ。大体どこ行くの?」


「ああ、由姫の服買いに行こうぜ」


「はああ?あんたまだ私の恰好気にしてたの?」


「いや俺はお前がどんな格好してようと大好きだよ。でもなそんな大好きなお前に可愛い格好をしてほしいんだ」


ずっと透のことを美結は馬鹿と呼んでいたけど、私もそう呼ぶことにしようかな。


よくもまあ周囲にたくさんの人がいる中で、そんなことを真剣な表情で言えるもんだ。


しかもよりによって透がそんなキザなセリフを言っても似合ってしまうほどの容姿であるせいで周りの人たちが私たちを注目しているのがわかる。


半分は熱を帯びた視線で、半分は私に対する羨望のまなざしだ。


恥ずかしさこの上ない。


大体どんな格好でも好きと言いながら、服を変えさせたいって完全に意見が矛盾しているじゃないか。


だけど私はそんなことはどうでもよくて、とにかくこの場から離れたかった。



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