そして、朝が来る
でももう、そんなことは関係ない。
だって、ここで終わりにすると、これで終わりにすると、決めたのだから。
小説みたいに、助けてくれる人なんていない。ありったけの思いをぶつけて、それでも生きてくれと請うてくれて、そうして伸ばされたその手を取って、なんとか生の世界に足をつけて。
そんなこと、あるわけがないのに。全てを投げ出してでも、自分の命を天秤にかけてでも、僕を助けてくれる人なんて、絶望の奥深くにいる僕を掬い上げてくれる人なんて。
────もう、終わりにしよう。
自分の名前で遺書を書き終えると、スマホのバックライトを落として床に置く。少し悩んで、靴を脱いでみた。靴下越しにじわじわと感じるコンクリートの熱さが、生きていることを実感させてくる。その実感から逃げるために、そう僕は生きることから逃げようとしているのだ。一歩踏み出した、踏み出そうとした────その、瞬間だった。
「なあ、死ぬの?」
後ろから唐突にかけられた声に、僕は一瞬立ち止まった後、そっと後ろを振り返った。
「……だ、れ」
一瞬、その声に動揺する。そしてその顔に。
僕のよく知っている人物。けれど、その人物とは似ても似つかない人物。
僕の言葉に、目の前の人物は楽しそうに口角を吊り上げる。「誰、か」小さくそう呟いた彼は、そうだな、と声を弾ませて僕にその名を名乗った。
「ヒカル。ヒカルって呼んでくれたらいいさ」
その答えに、僕はひとり息を呑む。その様子を楽しそうに、ヒカルと名乗った彼はフェンス越しに見つめてくる。それだけを訊いているのではないと分かっているくせに、彼はそんなこと関係ないとでもいう様に僕に向かって手を伸ばした。
「話をしないか?」
小説のような展開だと、ふと思った。
僕に向かって手を伸ばしてくる、見慣れた見知らぬ青年。今読んでいる小説と似たような展開。どうして、と戸惑ったまま何もしない僕に、彼は急かすことなく手を伸ばしたまま笑顔を向けてくる。
「……どうして」
零れた言葉は、本心。伸ばされた手と笑顔の青年を見比べながら、僕は身体ごと彼と向かい合う。じっと僕の動向を眺める彼を、僕もじっと見つめ返した。
彼は動かない。僕も動かない。今にも雨の降ってきそうな雲は、それでも雨を孕んだままゆっくりと移動を続ける。