そして、朝が来る


ちらりと、彼の視線が俺に向けられる。その視線を受け止めて、僕はごくりと唾を飲み下す。


聞き覚えのある話。僕が読んでいた小説、そのままの話。


そして。


「少女の望みを絶った少年は────少女を助けた少年は言いました。死ぬにはまだ早いよ、と。少女は言いました。どうして助けたの、と。少年は言いました。だって君は死にたくなかったんでしょう、と。その言葉に、少女は泣き崩れました。少年の言う通りでした。少女は本当は死にたくなんてなかったのです。誰かに救って欲しかったのです。この真っ暗な暗闇の中から、掬い上げて欲しかったのです。少年は少女にヒカル、と名乗りました。少女は少年にヒカリ、という名前を教えました。すぐにでも落ちてしまいそうな屋上のフェンスの向こう側で、少女は少年に縋り付き声を上げて泣きました。少年は少女の気の済むまで泣かせようと、泣いている少女を強くつよく抱き締めました。少女が泣き止むと、少年は少女に手を差し出しました。一緒に生きよう、と少年は少女に言いました。少女は伸ばされた手を戸惑いながら、けれどしっかり掴んで、何度もなんども頷きました。空は明るんできていて、遠くに太陽の端っこが見えてきていました。少女は泣き腫らした顔に笑顔を浮かべて、生きたい、とはっきり口にしました。少女を祝福するかのように、太陽が二人をしっかりと照らしていました。おしまい」




この話は、僕自身の────私自身の。昔話だ。




ふ、と青年が笑う。僕は聞き覚えのある物語に口を噤んで、ただただ目の前の彼を眺める。


「なあ、────ヒカリ。君はここで、何をしているの?」

「ヒカルは、っ」


青年の────ヒカルの声を遮って、私は。ただひたすらに、叫ぶ。


「一緒に生きようって、言った! 私は、ヒカルがいるならと思って、生きようと思った! それ、なのに……約束を破ったのは、ヒカルの方だよ……っ」


小説が好きだった。ハッピーエンドが好きだった。世の中にそんなきれいごとがないことを私は嫌という程痛い程知っていて、それでも尚、救いを求めて救われる話を、書き続けた。


バッドエンドも、ハッピーエンドに仕立て直して。現実で救われないなら、せめて物語の中ででもいいから。助かりますように。救われますように。物語の登場人物が、────私が。少しでも、生きていていいと思えるようになりますように。


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