透明人間の色
そう思ったとき、不意にあの黒髪が脳裏をかすめた。
「美香………?」
ボーッとしてたのだろう。楓がこちらを覗きこんでいる。
「金の無駄なんかじゃない。私は何でもいいから、涼しいところに行きたいの」
「そっか!じゃあ、早く行こっ」
はしゃぐ楓は、私はもちろん他人の言葉をそのままにしか受け取らない。私がどれほど皮肉を言っても、意地悪をしても、全く気づかないのだ。いや、そういう振りをしているのかも。
一度だけ、ただからかってみたのだと親切にも説明してあげたことがある。その時楓は笑って、ただそうだったのかとそれだけ言って首をかしげてみせた。
なんで、この子は多くの人に理解されないのだろう。
いや、理解したくないのだろう。自分と同じでありながら自分よりずっと綺麗なものを人は拒絶する。
そういうのが、また自分を堕落させるもの心の内では分かっていながら。
ああ、人間とはなんて愚かで愛しい生き物なのか。
そういう芝居がかった台詞が浮かんだ。
「ちょっとー、早く入りたいでしょー。早くー」
少し先を歩いてく二人がいつまでも足を進めない私に気づいて振り返った。
私は手の甲を見せて追い払う仕草をして見せる。二人は顔を見合わせると肩をすくめあって、再び前を向いて歩き出した。
別に二人と並んで歩くのに抵抗がある訳じゃないし、このくそ暑い日に散歩がしたくなった訳でもない。
ただ、最近楓が達也とくっつけばいいと私が勝手に思っている。達也は相手に困ることは一生ないんだろうけど、楓は違うから。
いや、私がそんなことを思ってると知ったら、達也は泣きそうな顔で怒って私のことを力一杯抱きしめてくるだろう。
そして、そんな達也と私を前にまた楓が独りになっていくかもしれない。最悪のシナリオだ。
達也は私の恋人に、楓は私の親友になりたいのだというのはなんとなく知ってる。
そして、きっと二人ともこの先に進めないのなら、いっそ一生ずっとこのままでいいと思ってるだろうことも。
でも、私はこのまま一生二人と付き合っていくことはたぶん出来ない。
こんな時にいつも思うのは、なぜ二人と出会ってしまったか、ということに尽きる。
でも、どう考えたところで、どっちも私の気まぐれでこういう事になっているとしか言い様がない。
思わずため息が出た。
私にはこの退屈な、でもとても平和な日常を壊す勇気はまだない。
でも、それももう少しだと思う。
そんな予感がする。
ぼーっとしてると、二人はだいぶ遠くなっていた。二人の楽しそうな後ろ姿に相反する気持ちが芽生える。
このまま何も言わずに帰ってしまおうか、そんな気分になった。