透明人間の色
「美香ちゃん」
私はスマホから目を上げた。晶人さんと目があう。
「あーうん、ごめん。返信に迷ってて」
「どうして?」
「うん。ちょっとね」
別に隠してる訳じゃない。晶人さんに話すにはくだらなすぎるだけ。
再び視線を落とした。楓からの長文は何の脈絡もなかったけど、要は昨日のアイスの件でのお礼とまた行こうというお誘いだろう。
私は心を決めて一言打った。
「“達也と行って”?」
「あっ晶人さん⁉」
いつの間にかこちらに回りこんだ晶人さんは微笑んだ。
「達也って、前に美香ちゃんが言ってた幼馴染みだよね?」
「そう。よく覚えてたね」
「美香ちゃんの言ったことなら全部覚えてる」
一見ただただ甘いだけの言葉なのだが、晶人さんにとってだけは、それは紛れのない事実だった。
そう私が分かってるからといって赤面しないことなんてないけど。
「で、達也くんは誰と何をしに行くの?」
なぜか目を輝かせる晶人さんを見て、私はそれから逃げるようにスマホを再び見る。
「………この文面が実現される確率は極めて低い」
「なんで?」
「私はこの文を送信しないから」
私は削除ボタンを長押しした。
ボタンってやっぱり人を駄目にする。一度言葉にしたことをなかったことにするなんてズルい。
でも、本当は分かってる。それを利用する私が、もとい人間がズルいのだと。
ボタンに罪はない。ボタンを生み出したのは人間の弱さだ。合理性を求めたなんて嘘。
この世は人間が弱いから創られたもので溢れている。
そして私もその恩恵を授かっている。
「秋限定、これが本当に送る文面」
「えっ、たった三文字でいいの?意味が分からないんだけど」
「うん。楓は分かんないだろうけど、達也は分かるから」
「………なにそれ?」
晶人さんが少し顔をしかめた。
「ふふっ」
「なっ、美香ちゃん?」
「うん。ちょっと晶人さんをからかってみた」
「えっ?」
「大丈夫だよ。私の言ったこと全部覚えてる晶人さんが、私のこと一番分かってるんだから」
私は堪えきれずにまた笑った。
そう。晶人さんは大人だし、余裕もある。その顔を壊したかった。
「___じゃあ、なんで秋限定が彼にだけ分かるの?」