透明人間の色
「挨拶を」
僕はその声に我に返る。
紫から目をそらすと、前に向き直った。
ここでケンカなんて買っても仕方がない。
「はじめまして___」
挨拶の文句、社交辞令、姿勢、目線。全てが決められたそれらは、体に染みついていて、何も考えなくてもまるで呼吸と同じくらい自然にできた。
逆にやり方を意識した方が息苦しくなるように、僕もそう考えて苦しくなった。
僕はなんでこんなことしてるんだろう。
脳内をかすめるのは、朝の光景。
昨日のことがあって、なんとなく東城美香のマンションにたまたま空いていた朝の時間に行くと、東城が出てきて驚いた。
で、守木に車で後を付けさせると小野楓がいて、そのうち泣き出した。
小野楓が泣き叫ぶ声で東城美香が何を言ったのかは大体分かった。
多分、これが東城美香なんだ。
僕は悲しいような苛立たしいような、とても不快な気分になって、その場を離れた。
僕が東城美香のことに興味を持ったのは、東城美香が小野楓と友達になったところから始まる。