透明人間の色
だけど、僕が一階へ続く階段の方へ曲がる前に、一人の女の子がさっと僕を素通りして、下の踊り場に向かって言ったんだ。
“小野楓さん、貴女は友達は多い方が好み?”
その言葉からさっきの一連の流れを見ていたことは察せられた。
僕から見えるのはその女の子の後ろ姿で、彼女が何を考えているのかはまるで分からなかった。でも、少なくとも同情したような響きはなかったように思う。
僕は手すりの陰に隠れて、成り行きを食い入るように見つめていた。
少し背伸びしてみるとちょうど下の踊り場に転がっていた女の子が全力で首を横に振っているのが見えた。
“じゃあ、私と友達になって”
その時僕に見えたのは突然現れた彼女の顔ではなく、階段の踊り場で泣いていた女の子の顔で、その顔はまた泣きそうなのに少しだけ笑っているようにも見えた。
後ろ姿だけの彼女は、ゆっくりと階段を降って、転がっていた女の子に手を差し出す。
黄昏の光がそこだけを照らして、転がっていた女の子が彼女の手を取る。
それは、東城美香と小野楓が友達になった瞬間だった。
その時、切に思ったのは、
そんな黄昏の光は、突っ立ったままの僕には届かないってことで。
その時から僕にとっての黄昏の色は、正義の色になっていた。
僕には
暗闇を照らす朝日よりも、
一緒に暗闇へと堕ちていく黄昏が、
どんな色よりも正しいように見えたんだ。
この神々しい色を信じていたい。
だから、それからずっとだ。
不本意ながら、僕は東城を目で追う羽目になった。