透明人間の色



「すみません。“ハナ”さんっていますか?」


あの女の友達である小野楓が現れたのは。


内心ため息をつく。

なんてタイミングで来るんだこの子は。

でも、良かった。この角度であればキャンパスに書いてあるものは見えない。


「私が“花”ですが?」

にこりと微笑んでそう言ってから、そそくさとキャンパスを裏にして、手頃な壁に立て掛けた。

そうして再び小野楓を見やると、ただ申し訳なさそうに入り口で立っているのが目に入る。


「どうぞ、良かったら中へ」


「あっはい。あっ、でもあの合言葉って………」

「はい?」


「あの“ゆかり”って言えば分かるからって」


なるほど。

紫は私があの女の交友関係を知らないとでも思ったのか、分かりやすく合言葉を作ってくれたわけか。


ナメられものね。


「ああ、そうです。合言葉は“紫”」


答えながらもふつふつと怒りが込み上げる。

私はあの女が大嫌いだが、この三年一緒に部活をしていて思うのは、紫がこんなに惹かれるわけだということ。


まあ、それがまた気に入らないのだけれど。


それは置いといて、対称的にこの女は生理的に受け付けない。


腹の底は黒いくせに、それを無自覚に隠そうとする。

その癖、偽善者に成りきれない。


無自覚な善でも悪でもない中途半端者。


私は悪だし、あの女は限りなく善に近い。

けど、私と違ってあの女は中途半端者を幸せそうだとも思わないのだろう。



私は中途半端者のその幸せそうなアホ面を見せるたび、それが妬ましい。

はっきり言えば、中途半端者が羨ましい。



多分、この世にいる全般の人間のことを羨ましいと思っている。



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