透明人間の色
ボーッとしているとこの辺を歩く人も少なくなってきた。
スマホで時間を確認すると、時刻が十一時と表示されていて、私は目を擦った。
が、十一時十一分だったのが、十二分になっただけだ。
「帰ろう」
ここは都会だし、終電はまだあるはずだ。なんの根拠もなくただそう思った。
駅に重たい足を向けると繁華街は妖しげな雰囲気を醸し出していた。正直通りたくないけど、それでは遠回りになってしまう。
私は早く帰ることを優先した。今日はもう眠ってしまいたい。いや、本当は永遠に眠っていたい。
それがどんなに我儘な願いだと知っていても、今日この時ばかりはそう願わずにはいられなかった。
「お姉さん、僕たちと少し遊びませんか?」
明らかに客引きだと分かる黒服の男が声をかけてくる。
一瞬だけ私はその人の顔を見た。だが残念なことに、中身は置いといて、さっきの男の方がまだマシな顔をしていた。
そのまま何も見なかったかのように無視して通り過ぎると、何もそれ以上は言われないと分かってほっとする。
それなら、お疲れ様ですくらいは言ってあげても良かったんじゃないかという気さえしたから、よほど私は疲れているのだろう。
何も考えたくないからといって、わざわざ自分から偽善に及ぶなんて、私の目指すところの真逆を行くだけだから。
ああ、変なことをしてしまう前に早く帰ろう。
繁華街の出口が見えた時、私は少し気が急いていた。そうじゃなかったら、この物語が語られることはなく、また私の日常もまだ続いていたはずだ。
だからこれは偶然の話だ。
私は彼と偶然出会った。
私は偶然という言葉が嫌いだけど、私のヘンテコな人生の中で、これだけが本当に偶然に思えた。そうとしか思えなかった。
もし、この出会いを必然と呼ぶのなら、私はもう少し感情的に運命だったと言いたい。
私は彼と運命的に出会った。
「おっと」
そう言ったのは私じゃない。