透明人間の色
店から突然出てきた小太りの男が、小走りになりかけていた私とぶつかって声をあげたのだ。
私は酒の臭いにむせそうだったが、辛うじて一言口にできた。
「すみません」
私は臭いから逃れるために深々と頭を下げた。顔は見ない。小太りというだけで論外だ。
「そうだねぇ。この私にぶつかっておいてごめんなさいだけじゃあ、ちょっと困るなー?」
「え?」
「埋め合わせに今日は君がもちろん私を楽しませてくれるんだよね?」
私は耳を疑った。そんな横暴なことこの男は当たり前のように今までやってきたのだろうか。
いや、今は酔って理性を失っていると考えた方がまだいい。
私は何も言わずに通り過ぎようとした。
「待ちなよ。君、いくら?」
「………」
掴まれた腕。背中に冷や汗がつたう。それくらい気持ちが悪かった。吐き気がしそうだ。
今すぐ掴まれた腕を切り落としてでも、この場を離れたかった。だが、生憎そんなことできるものは転がってはいない。
そうして初めて私はその男をまともに見た。
「警察になら付き合いますよ?私未成年ですから。だから__」
だから離してくださいという言葉は男によって遮られる。
「へー。お嬢ちゃん、もしかして高校生?いいよー。女は若ければ若いほどいい。………心配しなくても、私は警察と仲良しなんだ。問題ないよ」
そう言う男は確かに見たことあるような顔だった。お高そうな服を着ているところを見ると、国会議員さんかなんかかと思う。
とことん今日はツイてない。
「おいで。今日だけでかなりの稼ぎになるよ?」
「お金には困ってません」
「またー、そんなこと言って。こんなところでそんな格好してるってことはー、そういうことでしょ?」
「違います」
少なくともあんたを釣るためなんかじゃない。
私はキッと男を睨みつけた。
「かわいいなー。………そんなんで逆らえると思ってるのかい?」
「………」
「えっ、なに?泣いちゃってるの?」
うるさい。お前のせいで泣いてるんじゃない。
そう言いたいのに声が出なかった。
「いつまでもこんなところで泣いてるより、私と一緒に来なさい。そこで鳴けばいい」
うるさい。うるさい。うるさいっ。
本当に、なんでこんなにも今日はツイてないんだろう。
私は腕から力を抜いた。