透明人間の色
「で、あの人の名前」
楓がきっと忘れてると思ったので、繰返し聞いてみると、案の定今思い出したように私を見た。
「キリソウ」
「は?なにを切るって?」
「何も切らないよー。だからー、キリソウって名前なの」
「へー、どんな字」
「どっどんな字って言われても説明できないよ……えっと___」
「霧がかかるの霧に、草冠の方の蒼い」
頭上から降ってきた答え。またか、とそう思いながら、振り返りもしなかった。
「達也くんっ」
楓がそう言うだろうと思ったから。
「突然話に入ってこないで」
「…大した話じゃねぇじゃん」
「私たち世紀末の謎について話あってるから、大したことあるけど」
「大嘘つきだな。そんなの楓が付いて行けるわけがない」
そう私の前にしゃがみこんでデコピンを食らわす達也は、また不機嫌そう。
「私のとっておきの冗談だったんだけど」
「もっと、面白いやつあるだろ」
私はそれを笑って流すか迷った。まだこのぬるま湯みたいな心地よい日常に浸っていたくて。
でも、もう駄目だと思うんだ。
「うん。まあ、あるよ。もっと面白い話」
だから、全てが終わってしまうはずだった夏を六年経った今終わらせよう。
「達也、デートしよう」
この時の私には、教室のざわめきなんてまるでどうでも良かったし、窓際の彼のことなんかすっかり忘れていた。
ただまた笑っちゃうくらいに目頭が熱かった。