透明人間の色
その壮絶な笑みに臆したおじさんは半身狂乱で駆けていく。フラフラとしていて危なっかしいように思ったけど、姿はほどなくして見えなくなった。
だが、私はそれを見送る余裕もなく、霧蒼を見つめた。
「………」
その視線に気づいたのか、霧蒼はチラリとこちらを見た。
「なに?」
「………」
なんと答えればいいか分からなかったから返事をせずに、その代わり目だけ真っ直ぐに霧蒼を捕らえて離さなかった。
「何の用もないなら、見ないでくれる?」
話しかけるな、の次はこれか。
不意に笑い出したくなった。私は滑稽だけど、霧蒼はもっと滑稽だ。
「なんで笑うわけ?」
眉間に皺を寄せた霧蒼は、腹立たしげにこちらを睨む。
それさえ、今はなんだか面白かった。
「………いや、ありがとう」
「は?僕はここを通りたかっただけ。東城、あんたがいないがいようが関係なかった」
「ん、だから」
「は?」
「___わざわざ助けたんじゃないって否定する人に初めて会ったから」
達也が今この場に居たなら、私のためにおじさんを追い払うだろう。
それは偽善者の私の絶対的正義。
だけど、それとは対照的に霧蒼は偽悪的だった。
私を助けたんじゃないとか、話しかけるなとか、見るなとか。でも、達也と同じで私を結果助けたのは事実で。
私はこの時、達也以外の正義を初めて信じることができた。
だから、ありがとうと一言伝えたくて。泣きたくて、笑いたくて。
だから、頭がおかしくなっちゃった。
「ねぇ、本当に手伝ってくれないの?」
こんなバカな質問をするほど。生産性のない会話は嫌いなのに。