透明人間の色
「じゃあ、少し待ってて」
僕が考え込んでいるといつの間にか美術室の前に着いていたらしく、東城は僕にそれだけ言って返事も待たずにドアを開けた。
「おはよー」
「おはよー」
時間帯にそぐわない気の抜けた東城の挨拶に答えたのは、たった一人だけだ。
「花、私今日は帰るから」
「ん」
ハナと呼ばれた女の子はキャンパスに向かってこちらを見ない。
話している時にこちらを見ないのは、美術部の癖なのかと一瞬考えて思い直す。
僕も守木も話している人と目を合わせることの方が少ないことに思い当たったからだ。
大概、僕らにとって目を合わせるという行為は、意味のあることだ。
無意味に合わせるものじゃない。
「じゃあ、行こうか。霧蒼」
そう僕を振り返った東城に、待っててというほどもなかったではないかと思ったが、口には出さなかった。
東城美香の行動には意味がある。僕はそれを信じているから。
僕は代わりにただ頷くに止めた。
その時だった。
殺意ともとれる視線を感じて、僕は本能的に美術室を見る。
そして、その殺意の持ち主と目が合った。
さっきまでこちらを見ようともしなかった女の子が、こちらをじっと見ていたのだ。
東城美香はこちらを見ていて気づいてない。
僕がその女の子と目を合わせたのもほんの一瞬。
僕と女の子は何もなかったように目をそらした。
「行こう。待ちくたびれた」
僕は誤魔化すように言葉を付け足して、東城の手を取った。
考えるのはあの女の子が何者かなんてことじゃない。
東城美香が何者かということだった。