透明人間の色
「晶人さん」
それは唐突だった。
「んー?」
「これ、美味しい」
何の脈絡もなくそう言った東城に、男の視線は僕から離れる。
その瞬間、僕はまるで息を止めていたかのように、小さく深呼吸をした。
「ホントだ。美味しいね」
「うん」
「今度もまた出してもらおうか」
「そんなこと出来るの?」
「出来るよ。美香ちゃんのためならね」
そう言われた東城の横顔は少しだけ赤く見えた。
分からない。二人の関係性が僕にはまるで分からない。
“達也が一番じゃないなんて誰が言った?”
その言葉が僕を掴んで放さない。
「話は終わり?」
「えっ、うん」
僕は男の返事を聞き届けて席を立った。
二人の会話を聞いていたくなかった。
僕の知らない東城は見たくない。
東城美香は、僕がやっと見つけた唯一絶対の正義だ。
それを今さら違うなんて、僕は許さない。
「じゃあ、夏期講座に僕を呼びたくなったら、東城美香に一週間前に僕に連絡させて」
僕は最後までせせら笑いを崩さなかった。
「分かった」
明らかに男に向けた言葉だったのに、東城がなぜか答える。
なんだろう。全てが腹立たしい。
僕はそのままその場を後にした。東城が今どんな顔をしているのかは、少し気になる。
だけど、それ以上に男のピエロみたいな笑顔に出会いたくはなかったから、本当に振り返りはしなかった。