思い出になんて、負けないよ。
新たな出会い
第七話 新たな出会い
「おはようございます!」
いつものフロアにいつも通りやってきた瑠衣
「瑠衣!おっはよ〜う!」
先に来ていた千尋が笑顔で迎える
「皆川さん、もう大丈夫なの?
…あまり無理、しないでね」
瑠衣に気づいた秋田さんが心配そうに声をかけた
「はい!もう大丈夫です。
昨日はご迷惑おかけして…すみませんでした
今日からまた頑張るので、よろしくお願いします!」
元気そうな瑠衣を見て、みんなホッとしていた
「失礼しまーす!」
元気よく瑠衣が例の病室の扉を開けた
「おぉ、皆川さんじゃないか!
もう、大丈夫なのかい?」
一二三さんが飛びつくように笑顔で迎えてくれる
「はい!もうすっかり♪
今日からまた、よろしくお願いしますね」
一通り仕事を終えた瑠衣がナースステーションへと戻ると…
「…あれ、あの子誰だろう?」
見慣れない、同年代ほどの男の子がいた
新人さんかな?
イマドキっぽくセットされた黒髪に百八十センチはありそうな長身で。
色が白く、“綺麗”という言葉がよく当てはまる印象だった
遠くからじーっと見ていた瑠衣の視線にふと気づいた彼
しばらくお互い見つめあっていたが、瑠衣がペコッと会釈すると小さくこちらも会釈をする
するとそれに安心した瑠衣は彼の元へと駆け寄った
「おはようございます!
…もしかして、新しく来た人ですか?」
「…はい」
笑顔で話しかけると、ぶっきらぼうに彼は答える
…あれ、女の子あんまり得意じゃないのかな?
「あら、皆川さん!」
奥から主任の板美さんがこちらへとやってきた
「彼、今日からうちのフロアで働くことになった深山くん!
深山聖(みやま さとし)くん。彼は理学療法士なんだけど…困ってたらぜひ声をかけてあげてね」
板美さんが深山くんを紹介すると、また小さく会釈をした
「皆川瑠衣です。
よろしくお願いしますね!」
「…深山、聖です。よろしく」
瑠衣が握手を求めると、おずおずとそれに応じた深山くん
まずは一歩前進、かな?
嬉しそうな瑠衣の後ろから、元気な声がした
「おーーーい、聖!
置いてっちゃうなんてひどいじゃないか〜」
「こら、雅。ここは病院なんだから、静かにしろ」
栗色の天然パーマで元気そうな男の子と
紺色頭のスポーツマンタイプの男の子がナースステーションへと入ってきた
「板美さんっ、約束の時間まだきてませんよね?!俺、ちょー急いだんですって!!」
「すみません、板美さん。
ほら、一分二十秒遅刻してるぞ、雅」
「…今日は、許してあげるわ。
ほら、二人も皆川さんにご挨拶」
瑠衣がぽかーんとしていると、二人は笑顔で瑠衣に向き直る
「俺、泉谷雅(いずたに みやび)って言います!
聖と同じく、理学療法士です!よろしく!」
元気よく大きく手を挙げて言う泉谷くんを押しのけて、もう一人が進み出る
「同じく理学療法士の大島透人(おおしま ゆきと)です。
よろしくお願いします、皆川さん」
ニッコリ笑いかける彼に、どこか暗い影が見えたのは気の所為だろうか
「それじゃあ皆川さん、悪いんだけどこの三人をここのフロアだけでもいいから、案内しといてもらえる?
私このあと会議が入ってて…」
「はい!任せてください!」
とんっと胸を叩く瑠衣を微笑ましく見ると、板美さんは資料を持ってフロアを去った
「それじゃあ御三方!
今からフロアの案内してもいいですか?」
「「お願いします!!」」
「…お願いします」
そうして三人を連れて、フロア内をまわった
「ここが脱衣所で、ここが浴室ね
それから〜」
瑠衣がぐるぐると案内をしていると、たまたま英治が通りかかった
「あ、一条先生!」
「ん?…皆川?
あれ、今日はやけに人気者だな」
後ろの三人を見てケラケラと笑う英治
「新人の理学療法士さんたちなんですよ〜♪
今、フロアの案内をしている所です」
瑠衣越しに三人に笑いかける英治
「一条です。小児科のドクターしてます」
「わわっ、先生?!!!!
やべぇ…ちょーかっこいいんだけど…!!」
泉谷が感嘆の声を漏らす隣で大島もうんうん、と口を覆って頷く
「新人、って事は…専門学校出たばっかり?」
英治が質問に答えたのは深山さんだった
「そうです」
声自体大きくは無いものの、しっかりと通る声だった
「!!
…君もしかして、深山さんの?」
英治が嬉しそうに言うと、はい、と頷く
「やっぱり!うわぁ…お姉さんそっくりだな!名前は?」
「深山聖です」
「聖か!…いい名前だな」
わしゃわしゃと深山の頭を撫でる様子は兄弟のようだった
「…え、深山さん?
深山さんって……深山先生?!」
瑠衣が驚きの声をあげると英治が眉を下げて笑う
「お前、名前聞いて気づかなかったのかよ
そうだよ。
楓と同じ、オペ科のドクター深山歩乃華(みやま ほのか)の弟だ」
深山歩乃華。
彼女は楓と同じ、オペ科のドクターであり、病院きってのエリート
瑠衣も数回話をしたことがあるが次元が違いすぎて尊敬の域だったほど
そんな彼女の弟、なんて言われたら!
周りの期待も、さぞ大きかっただろう
「…ま、まあまあ!
とにかくさ、聖ともども俺たちをよろしくお願いします!」
咄嗟に泉谷がフォローに入ると、英治もまたな、と手を振って去った
「…それじゃ、行こうか!」
残りの案内を済ませ、ナースステーションへと戻ってきた一行
「…お腹空いた」
ぐうぅとお腹を鳴らしたのは大島だった
「あら、もうそんな時間?
それじゃあ、食堂にでも連れて行こうか!」
「マジっすか!!ぜひ行きたいっす!」
きらきらと目を輝かせた泉谷と大島
「深山くんも、行くでしょ?」
「あー…すいません、自分昼飯あるんで…」
「あ、そうなんだ。じゃあ、また後でね!」
そうして深山を残し、三人は食堂へと向かった
「…」
自分も昼休憩に行こうと手を洗っていた時、ふと後ろの方で人の気配を感じた
「…?」
くるっと振り返ると、千尋が物珍しそうにこちらを見ていた
「えーと…」
深山が言いかけると、ハッとした千尋は慌てて話し出す
「わわっ、ごめんなさい!
知らない人がいたから…!
私、神崎千尋って言います!あなたは?」
「…深山、聖です」
おずおずと答えると深々とお辞儀をする千尋
「今日からこのフロア担当になったんですか?
よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ…」
深山が頭を下げると、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえた
「お前らなにしてんの、うける」
必死に笑いをこらえていたのは英治だった
「合コンみたい?…もう、そんなに笑わないでよ!」
小っ恥ずかしかったのか、ぷくっと頬を膨らませる千尋
「聖な、楓のとこの深山さんの弟らしい」
「え!深山先生の?!
…確かに、言われたら似てるような…」
じーっと顔を見られるのにたえら無くなった深山が顔を逸らす
「…あんまり、似てないっすよ」
「そういえば、さっきもう二人いなかったか?騒がしそうなのが…」
「あぁ、二人は昼飯に行きました」
「深山くんは行かなかったの?」
「…あんまり騒がしい所、得意じゃなくて」
気まずそうに前髪をいじる深山
「…おし、じゃあ俺らでメシ行くか!」
「やった英治の奢り〜!深山くんっ!行こう!」
「え、でも俺…」
「「いいから、いいから!」」
二人に手を引かれ、三人は病院をあとにした
「…一条先生、変わりましたね」
奥の控え室から全て見ていた秋田さんが微笑ましそうに三人が去った方を見た
「それに関しては俺も嬉しいんですけどね〜
…瑠衣のやつ、他の男と昼飯かよ〜」
悔しそうに秋田さんの横から楓が出てくる
「彼女、今回のことでしっかり巻き返さなきゃ!って思ってるんじゃない?」
「ですね〜…人一倍、そういうの気にしそうですもん」
はあぁ…と大きくため息をつく楓
「…山本先生?
うかうかしていられませんね」
ふふっと秋田さんが笑うと、
「…冗談じゃないっすよ」
頭を抱える楓がいた
「…皆川さん、元気そうで良かったなぁ」
病室では、患者さん同士が和気あいあいと話に花を咲かせていた
「最初はただの新人と思っていたが…あの子は立派な看護師さんだ」
当初、あまり馴れ合わなかった今井さんも今では瑠衣の虜だ
「僕は本をよく読むんだけど…
彼女、本が好きみたいで講評し合うのが楽しみなんだよねぇ」
本が好きな比喜多さんはタブレット端末で次の本を探しながら、嬉しそうにしていた
「…牧野さんは、彼女とはどうなんだい?」
一二三さんが彼に問いかけると、やるせないような笑顔を浮かべた
「…ただの患者と看護師ですよ」
しかし彼は既に、次の手を打っていた
その事を、瑠衣が知る由もなく…