熱情求婚~御曹司の庇護欲がとまらない~
まずはそれに集中しなければいけないのに、優月が椅子に腰を下ろすのが視界の端っこに映る。
結局彼に意識が向いてしまい、思考を切り替えられない。


「……綾乃」


それなのに、窺うように静かに呼ばれて、キーボードに走らせた私の指がピクッと震えて止まった。
無意識にゴクッと唾をのむだけで、『はい』と返事をすることもできない。


返ってこない返事に痺れを切らしたかのように、ほんの少しの間の後、優月が椅子をギシッと軋ませて立ち上がった。
黙ったまま、ゆっくり私の方に歩いてくる。
彼の気配を、すぐ左側に感じた。
その手が私のデスクをトンと叩くのを見た瞬間。


「い、いいの! 気にしないで」


私はそんな声を発していた。


「え?」


短く聞き返してくる優月から身体ごと背けようとして、私は椅子を回転させる。


「わ、私がショック受けてるって思って、慰めてくれたんでしょ?」

「慰める?」


優月の怪訝そうな声が聞こえて、全身に無駄に力を込めながら、私は何度も首を縦に振ってみせた。


「もうっ! 優月、ほんと私に過保護だよ。進藤さんにも言われたじゃない。兄妹みたい、まるで保護者だって……」


無理矢理明るく笑い飛ばそうとした私を、優月が小さな呟きで遮る。
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