樫の木の恋(中)



「なんにせよ。」

大殿は右手で顎を擦りながら、左手で秀吉殿の頭を撫でた。がしがしと強めに撫でられ、秀吉殿が困るほど。

「秀吉が楽しそうで良かったわ。」

寂しさとか、嫉妬とか、そんなものを一切感じる事の無い大殿の笑み。心の底からそう思っている大殿。
この人は本当に秀吉殿の幸せを願っていることが伺える。

「ふふっ。こうして幸せを感じられるのは大殿のお陰ですから。」

大殿のお猪口に酒を注ぎながら、秀吉殿が満面の笑みで答える。

「まぁ、それがしは半兵衛のものですがね!」

そう言いながらそれがしに寄ってきて、腕に抱きつく。抱き付かれた瞬間、秀吉殿の体温が熱いことに気がついた。また飲み過ぎてしまったのだろう。
へろっと寄りかかる秀吉殿。



しかしその時、大殿の雰囲気が変わる。

「惚気か。この第六天魔王に向かって、よくもまぁそんな事を言えたもんじゃのぉ?わしがお主のことを諦めてないとでも思うたか?」

「へ?」

不敵に笑う大殿が秀吉殿に近づき、目を丸くしている秀吉殿の手を取る。

「無理矢理奪うことなんてせんよ。お主が半兵衛といたいならいればいい。だがな…」

大殿が秀吉殿の手を自らの口元へと近づけ、手の甲に唇が触れるか触れないかくらいの距離で話す。

「わしは秀吉の心が、この織田信長に惚れるよう、自らわしの元へ来たくなるよう頑張るのは勝手じゃろ?」

真っ直ぐに秀吉殿を見つめながら、口元には笑みを浮かべたまま。

大殿はゆっくりと秀吉殿の手の甲に軽く口付けをした。

大人の男の色気すら感じられるその口付けは、秀吉殿の心を跳ねさせるのには充分だったようだ。
それが酷く妬ましい。

「おっ、大殿…。」

秀吉殿が戸惑うと、ゆっくりとこちらへ目を向けてきた。

「ふっ。まぁ半兵衛に対する宣戦布告じゃな。」

もう一度秀吉殿の手の甲に口付けし、するりと秀吉殿の手を離した。


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