樫の木の恋(中)
「己の兵が可愛いのは分かるが…大義を見失ってもらっては困る。兵は駒だ。そして、お主も織田家の駒の一部に過ぎん。」
武士として、織田家の家臣として大殿は厳しく言う。
駒と言うのもどうかと思うが。しかし織田家は他の家と違う。他の家はわりと大名や家臣が対等な立場だが、織田家は大殿が絶対だ。
「……すみませぬ。」
「……お主は優秀じゃが、あまり己を過信し過ぎるなよ。」
「…はい。」
大殿の低い声がしんと静かな部屋に落とされる。
秀吉殿の声は消え入りそうな程だった。
二人はこの間のような柔らかい関係ではなく、完全に大名とその配下の関係だった。
「まぁ此度の戦は勝家にも悪いところはある。だから、挽回の機会を与えてやろう。」
秀吉殿がすっと頭を上げ、なんだろうと大殿を見つめる。
「わしの息子の信忠を総大将において、光秀と共に久秀を討ってこい。」
「久秀でございますか。」
「お主も知っておろう?あやつ、この間の戦いで裏切りおってな。それを一度許してやったと言うのに、筒井順慶を久秀より先に守護に添えたら、今度は上杉と本願寺顕如と手を組み謀叛しおった。」
まぁいつかは裏切るのだろうと分かっていたからか、大殿も落ち着いたものだった。
「そこでお主が手柄を上げられれば、本当は城を取り上げるくらいのことはしたいが、此度の件不問に処してやろう。」
「…はっ。秀吉め、必ずや手柄を上げて見せまする。」
こうして手取川の件は条件付きではあるが不問に処してもらえることになった。