樫の木の恋(中)
そう言われて秀吉殿を失った時のことを考えた。
それは凄く耐え難く、死んでしまいたくなる程。
しかし、それはそれがしの想い。
それにそう思ってしまう事が分かっていて、それでも秀吉殿は自分の信念を曲げるわけには行かないから、一度それがしを遠ざけようとしたのだ。
それがしとの愛は、秀吉殿の信念や夢の次にある。
「それがしの死んで欲しくないという想いが秀吉殿の足を引っ張ってしまってはいけませぬ。」
「失うことになってもか?」
「ええ。変わりませぬ。」
徳川殿の険しい顔は和らぐ事はなく、一層険しくなっていくばかりだった。
「徳川殿は秀吉殿が大事なのですね。」
考え方は違えど、徳川殿は秀吉殿の身を案じているのは痛いほど分かる。
「ああ。まぁな。秀吉は…わしの初恋じゃから。」
「………は?」
「ん?秀吉から聞いておらんのか?」
「え、ええ。なんにも…。」
「まぁ昔の話だ。特に何があったわけでもない。安心せい。」
そんなこと言われたところで、そう簡単に安心出来る訳などなかった。徳川殿は秀吉殿と結婚しろとまで言うような人だ。
恋愛の感情など皆無だと思っていたのに。
「そんな思い詰めるな。あやつは美人じゃ。惚れる男は多かろうて。いちいち気にしていたら、きりがない。」
分かってはいる。秀吉殿が美人で、惚れている男が多いことくらい。
そんなことくらい分かっている。
「そもそもそんなことはどうでもいい。」
徳川殿は再び険しい顔をして、結婚の話をしだした。