樫の木の恋(中)
「秀吉、お主は優秀じゃな。」
「いきなりどうされたのですか?」
「なんとなく…じゃ。」
信長は窓枠にもたれ掛かりながらも、首だけ秀吉の方へと向ける。それに気づいた秀吉は体を窓枠に預けるのをやめ、信長の方へと向いた。
「なぁ秀吉、わしは酔っている。」
「…?」
「じゃから、今から言うことは全て酔っ払いの戯れ言じゃ。」
酒に強い信長が、酔うなどあるわけがなかった。
「秀吉。お主が欲しいと言ったらどうする?」
「……それがしには半兵衛がおります…。」
「ははっそんなことは分かっておる。ただ、それが辛くて耐えられんと言ったら…?」
秀吉はなんと答えて言いか全く分からず、思わず口をつぐんでしまう。
そんな秀吉を信長は壊れ物でも扱うかのようにゆっくりと抱き締めた。
「大殿…。」
秀吉は半兵衛に悪いと思いながらも、信長を拒むことが出来なかった。
今の自分があるのは、大殿のお陰でしかない。
そんな大事な恩人である信長を拒む術など、秀吉は持ち合わせていなかった。
「お主はいつまで経っても、わしの事を恩人としか見ていなかった。だが、半兵衛が現れるまではそれでも耐えられた。」
信長は静かに話す。しかし徐々に信長の逞しい腕が悲痛な想いを告げるかのように、秀吉を強く抱き締めていた。
「しかし半兵衛が現れてから、半兵衛に揺れ動くお主を見て、それでは我慢出来んかった。だが、お主がわしに向ける想いは変わらんかった。」
辛そうな信長に抱かれている秀吉の心もまた苦しかった。
このお方がいなければ、自分は死んでいただろうという程の恩人を自分は苦しめてしまっている。