樫の木の恋(中)
さっと秀吉殿を見ると、窓枠に肘を置きもたれ掛かっていた。こちらからは後ろ向きで、気づいていないのだろう。
壊れてしまいそうなその背中に静かに近付き、後ろから引き寄せるように抱き締める。
「……半兵衛。」
一瞬それがしの手を触ることを躊躇ったが、すぐに秀吉殿は優しく置くようにそれがしの腕を掴む。
「…いるような気がしていた。いつから…見ていた…?」
「……口付けを交わす少し前からです。」
「そう…か。」
沈黙が二人を包む。秀吉殿の心地のいい香りがするのに、今はそれがなんだか切ない。
「…拒めんかった。」
「……仕方のない事です…。」
「半兵衛を…裏切ってしまったな…。」
先程の口付けが頭のなかで鮮明に浮かんでくる。どちらも辛そうで、幸せの欠片もない口付け。
「秀吉殿が、大殿を拒めないことくらい…分かっていますから……。」
愛する者を思えば思うほど、愛し方の違いに切なくなる。
大殿は恋として、秀吉殿は恩人として愛していた。
その違いがこんなにもお互いを傷つけ、傷口をえぐっていく。
二人ともお互いを大事に思う心は変わらないというのに。
そして、その二人の想いに傷ついてしまう自分がいる。
こんなにも切なくなるくらいなら、好きにならなければどれほど良かったことか。
しかし秀吉殿を好きにならないなど、そんなことあり得ないとも思う。
自分は秀吉殿を欲していて、秀吉殿が幸せを感じてくれれば自分も凄く幸せだった。
それだけに秀吉殿が辛くなれば、身が切り裂かれそうになるほど辛かった。