樫の木の恋(中)
次の日に大軍が到着した。
大殿と秀吉殿は、表面では何事も無かったかのように過ごしていたが、家臣の何人かは気づいたのだろう。
理由も分からず、気まずそうにしていて凄く冷めた軍議になっていた。
「秀吉、此度の戦頼むな?」
小谷城の全体の軍議が終わってから、明智殿と秀吉殿とお互いの配下数人で軍議を開いていた。
越前一向一揆を討つにあたって、秀吉殿と明智殿がそれぞれ軍を率いて一緒に行動することになったからだ。
細かな事などは事前に決めた方が良い。
しばらく話しあって、すみやかに終わると最後に明智殿が握手を求めてきたのだ。
「ええ、こちらこそ。」
警戒の色を見せながらも、皆の前だからか笑みを張り付けて明智殿が差し出した手を握る返す。
「秀吉は案外油断が過ぎるな。」
「は…?…なっ!」
すると、明智殿が握手していた手を引っ張り秀吉殿を引き寄せ抱き締める。秀吉殿はつんのめるようにして、明智殿の胸へと顔をつけた。
「秀吉殿!」
「皆の前だから、何もしないと思ったか?」
秀吉殿の配下は驚き、顔をしかめ一気に殺気立つ。
明智殿の配下はやれやれとした顔をしていた。
「……やめてもらえませんか。明智殿。」
全身をまとわりつくような殺気が体を包む。
それは自分に向けられてはいないのに、怒気だけは鋭敏に感じ取れた。
「秀吉は怖いのぉ。」
そう言ってするりと秀吉殿を離す明智殿。
「明智殿が変な事をするからです。」
「好きな女子を抱き締めたくなるのは、普通のことではないか。どこが変なんじゃ?」
とぼけた風に話す明智殿を、蔑むように冷たく眺める秀吉殿。
異様なまでのその二人のやり取りに、入り込めるものなどいなかった。