樫の木の恋(中)
明智殿と秀吉殿の噂は夕方頃までに瞬く間に広がっていった。
恐らく大殿の耳にも入ったのだろう。
秀吉殿と自分は大殿に呼ばれて、大殿がいる部屋へと向かった。
きっと自分も呼ばれたのは大殿の配慮なのだろう。
「秀吉、光秀に手を焼いているらしいな。」
「前々からですから、もう慣れました。」
心配をかけないようにしているのだろう、秀吉殿は澄ました顔で何でもないように答える。
「……そうか。ならいい。」
目を伏せ、心配していることを隠す大殿。二人ともお互いを気遣っていることに少し羨ましく思ってしまう。
「……。」
「……。」
二人とも何か言いたいのだろう。しかし言う勇気も無いといった感じか。
お互い黙ったまま、目も合わせず立ち去ろうともしない。
大殿が気遣ってくれたのだが、自分がいることもまた話しづらい理由の一つだろう。
そんな二人が痛々しく、歯痒く思う。
そして、とうとう我慢がならなかった。
「それがしは席を外します。それがしがいては話せぬこともあるでしょう。」
「……しかし半兵衛…。」
秀吉殿が不安気に見てくる。
きっと二人にしてしまったら、また何かあるかもしれない。
本当は二人きりになどしたくないし、出来れば連れていきたい。
それでも悲しげな二人を見てなどいられなかった。
「秀吉殿…約束、信じていますから。すぐそこで待っています。」
そう言って部屋を出た。
出るまでの間、大殿はそれがしの発言に驚いたようだが、目を合わせず話そうともしなかった。