樫の木の恋(中)


首を傾げていると今川殿が口を挟んでくる。

「こやつはな、武士になりたいんじゃと!女子のくせに殊勝なことを申すよなぁ。」

小馬鹿にしたように笑う今川殿は、藤吉郎を自らのすぐ隣に座らせ片手で胸を揉んでいる。
藤吉郎は嫌な顔一つせず、にこやかにそれを受け入れていた。

しかしにこやかな顔の下に、意志の強さが見てとれた。
この女子は本当に武士になりたいと思っているのでは。そう考えていた。

「殿、少し良いですか?」

突如、外から今川殿を呼ぶ声がする。すると今川殿は藤吉郎とわしに待っておれと言って出ていった。


「お主、本当に武士になりたいのか?」

「ええ。女子のくせに武士になりたいなど、阿呆だと思われるでしょう?」

にこやかを顔に張り付けている藤吉郎。しかしやはり目は本気で、本心からそう言っているのが分かる。

「今川殿は、お主を武士に召し上げようなど思ってもいないようだが。」

「ええ、そのようですね。」

「良いのか?」

「不思議なお方。普通ならば、皆女子が武士などとと言って笑われるのに。」

くすくすと妖艶に美しく笑う藤吉郎。しかし張り付けたようなその笑みは、あまり好かなかった。

「お主が武士と言う時、本気だったのでな。本気を笑っては失礼じゃろう?」

「冗談やもしれませんよ?」

「いや、お主は本気じゃよ。」

そう断言すると、藤吉郎は少し目を見開いたがそれは一瞬の事で、すぐにまた笑みを張り付ける。

「しかしいくら本気でも、今川殿が武士として召し上げるつもりが無いなら、今川家にいる意味など無いだろう?」

質問をすると、藤吉郎はすっと近くに寄って来た。
甘い香りが鼻をくすぐる。しかしその香りはあまり彼女に合っているようには思えなかった。

「そんなことありませぬよ。殿に気に入られた事により、こうして織田殿にお会い出来ました。」

わしの手に、触れるか触れないかくらいのところに手を置く藤吉郎。
誘っているように見えるその色っぽさに思わず胸が鳴ってしまう。
それでも平静を装い胸元に目がいかぬよう心掛けながら話をする。

「わしに取り入りたいのか?」

「さぁ?」

「織田家に来ても武士になれるとは限らんのだぞ?」

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