樫の木の恋(中)
藤吉郎はわしが意識しているのを気づいているのか否かは分からないが、面白そうにこちらを覗きこむ。
「私には織田殿は女子だろうとなんだろうと使える者なら使うようなお人にお見受けします。」
可愛らしく、こちらに好意を抱いてるように見える。これもまた取り入るための策略なのだろうな。今まで会ったどの女子よりも、自然でふと分からなくなる。
「もしそうだとしても、お主もうつけの下には付きたくはあるまい。」
「うつけの殿と有名ですからね。しかし、うつけの殿にはあまり見えませぬが。」
微笑むのをやめ、真面目な顔をしながら言葉を口にする藤吉郎。そんな真面目な顔をする藤吉郎に胸が高鳴るのが分かった。作り笑いなどよりも、こちらの方がよっぽど魅力的だった。
「お主にはどう見える?」
「そうですね…。心の内に熱い野心があるようにお見受けします。」
「ほう。」
いやに真剣で少し上気した声に思わず引き込まれてしまう。確信などないが、本心で話しているように思えた。
「人が驚くような事を平気な顔をして出来る方なのでしょう。それが常人には理解が及ばず、うつけと呼ばれているのでしょう。しかし…」
「しかし?」
藤吉郎は美しく笑った。
会ってすぐだから断言できないが、きっと藤吉郎は会って初めて本心から笑ったような気がした。
妖艶な笑みでも何でもなく、年相応と言ったところか、少女のように笑っていた。
「織田殿のような方が天下を取るのでしょうね。」
本気でそう言っているのが分かったからだろう。
藤吉郎の異様なまでに綺麗な笑みと、少し上気した声が頭から離れなかった。