樫の木の恋(中)
「私は…殿方を喜ばせることでしか…。」
哀しみを帯びたその笑みは、見てるこちらまで悲痛な思いになる。
きっとそれだけ苦労も嫌な思いも背負い込んで生きてきたのだな。
「もう、そんなことせんでいい。」
「織田殿……。」
「今までそうすることでしか生きていけなかったのは分かる。しかし織田家に来たらそれは許さん。当主になったわしが禁じる。」
そういうと藤吉郎はうっすらと涙を浮かべた。しかしそれを見られたくなかったのか、顔を下に向ける。
そんな藤吉郎が可愛らしかった。
今川家を出て、織田家に入るためにそれを言いに今川家へと藤吉郎は帰っていった。
小姓なのだからすぐに出られるはず。
そう思い込んでいた。
しかし藤吉郎はいつになっても織田家の門を叩かなかった。