樫の木の恋(中)
「死にたいなら、わしを殺してから自害しろ。」
再びそう口にしてから、藤吉郎を胸から離す。
真っ直ぐに藤吉郎を見ると、藤吉郎の瞳は暗く沈んでいた。
ゆっくりと指で藤吉郎の涙を拭ってやる。
「織田殿は…殺せませぬ…。」
「なら、お主が死んだら自害する。」
「なりません!」
悲痛な藤吉郎の叫びにも似た声が、心をえぐっていく。
「藤吉は何か勘違いをしておる。」
「は?」
「お主はわしを眩しいと、穢れを知らんと。そんなもの虚構に過ぎん。」
藤吉郎は黙ったまま目を伏せ、聞いているかどうかも分からない。しかしそれでも話すことをやめたら、藤吉郎が消えてしまいそうで続けた。
「大名などやっておったらな、戦でたくさん人を殺めるし、暗殺をさせたりもする。拷問などよくある話じゃ。もう…わしの手は穢れしかない。お主が眩しいと思うのは幻に過ぎん…。」
そう言いながら、藤吉郎の頭を撫でる。
藤吉郎の目から次々と溢れ出ては止まらない涙は、怨嗟の念まで溢れている。
「お主はわしといるときは楽しかったと文に書いてあったな。楽しい思い出が蝕まれるとも。」
「…。」
「蝕まれるというなら、それよりも多く楽しき思い出を作れば良いではないか。わしの穢れた手で良いなら、たくさんそれを作ってやりたい。」