樫の木の恋(中)
「え?」
「織田殿といるときは、楽しくて幸せで…。海に来たのも、織田殿と過ごしたここが楽しかったからなのです。でもその思い出が穢されるのが嫌で、いつか失うのではないかと…怖かったのです。」
藤吉郎はまた泣き出しているのだろう。それを悟られないためか、ゆっくりと落ち着いて話している。
「私は弱いのです。拷問の記憶が頭の中をずっと彷徨い、織田殿といるときでさえ思い出してしまう。織田殿といるときは思い出したくないのに。」
「藤吉…。」
「いつか織田殿はそんな私が面倒になってしまうんじゃないかと怯えているんです。」
「……阿呆め。」
抱き締めたまま、ゆっくりと頭を撫でる。震える藤吉郎に心が強く締め付けられる。
「わしは…藤吉を離すつもりなどない。お主がわしといることが幸せだと感じてくれるのなら、わしにとってこれほど嬉しい事などない。もう逃げんでくれ…。」
「…はい。」
「お主がわしの前から勝手にいなくなって自害したのなら、わしも死ぬからな。」
「はぁ…。分かりました。」
ふふっと小さく藤吉郎が笑った。
それがどんなに嬉しかったことか。
逃げられぬように、もう一度強く強く抱き締めた。