樫の木の恋(中)
ろく
「“この身、織田殿のために尽くしまする。”」
秀吉が懐かしい呼び名で、あの時の言葉を一字一句違わず口にする。
それは一つの約束で、二人を絡める呪縛でもあった。
「あの時、こう約束した事を覚えておられますか?」
「……ああ。」
忘れるはずなどない。
あのひと月は必死で、秀吉に死んでほしくなくて。
「大殿のために天下取りをお側で支えたいのです。大殿が苦しんでいるなら、微力ですが力になりたいのです。」
「…。」
「あの時死ななかったのは、大殿のためだけにこの身を使おうと決めたからなのですよ?」
真っ直ぐにあの時のように見つめてくる秀吉。
それは美しく儚いものだった。
「そんな大殿をそれがしが拒むはずなど、無いではないですか。」
断言された事により、複雑な気持ちになるが、それでも嬉しくないはずなど無かった。
好きな女子のなかで、己はそれほどまでに大きな存在で、秀吉の支えになれている気がしたからだ。
しかし幸せを感じる反面、それ以上に辛い。