この恋に、 ひとさじの 勇気を。
*この恋に、ひとさじの勇気を。
***
駅を降りて5分で到着した居酒屋。
やるじゃん、私!
自分で自分を褒め称えながら、地図を見るために出していたスマホを鞄に入れた。誰もが呆れるくらいに方向音痴な私だけれど、迷うことなく今日の集合場所だとされる居酒屋に到着した。
駅から一直線の目的地に迷うほうが至難の技やろ?なんて、あの人はそう言って、笑うだろう。
授業を終えて教室を出ると職員室の方向が分からずにその場で1回転。そんな私の姿を見ては、いつも可笑しそうに笑っていたから。
『何でそこで迷うねん!』
『え〜!だって、廊下って何処を見ても同じ風景じゃないですか』
あのやり取りが無くなって1年が経つ。あの人も今日の同窓会に来るのだと噂に聞いた。
「あ〜!山添(やまぞえ)先生!!」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、かつての教え子が駆けてきた。そこそこイケメンだと女子生徒に騒がれた黒木(くろき)は卒業して2年が経ち、更に垢抜けていた。高校時代は生徒指導に引っかかるとそのままだった黒髪は茶色に染められている。
「黒木!久しぶり。元気にしてた?」
「はい!先生、今日は迷わず来れたんですね」
黒木を始めとする生徒からも、私の方向音痴は格好のネタらしい。
「当たり前でしょ!これぐらい余裕よ」
嘘だ。本当はこの道であっているのか不安で堪らず、何度もスマホの地図アプリを開いた。しかし、先生にだって見栄を張らせてほしい。
「ま、そういうことにしておいてあげましょう」
「何で上から目線なの!?」
そんな黒木とのやり取りをしている間に懐かしい顔ぶれが揃い始めた。制服姿しかほとんど見たことなかったから、ちょっと大人になったみんなの私服姿は新鮮だ。
「そういや最上(もがみ)先生、遅刻だって〜」
久しぶりに聞く名前に一瞬、ドキっとする。
今日は私が教師になって初めて担任を持ったクラスの同窓会だ。ありがたいことに担任の私と副担任として私をサポートしてくれた最上先生にも声が掛けられた。
私の方向音痴を白い歯を見せながら豪快に笑うあの人……そう、最上先生。
そうか、彼は遅刻か。土曜日とはいえ教師に休みはないから。
最上先生が転勤して以来、1年ぶりの再会が少し遅くなったことにホッとする。だって、どんな顔して会えばいいのか分からない。
「山添先生、残念ですね〜!彼氏さん遅くなるって」
「誰が彼氏よ。最上先生と付き合った覚えないんですけど」
「またまた〜」
何故か生徒の間では、私と最上先生は付き合っていることになっている。そんなことはない。
だけど、私達の関係を言葉で表すのは難しい。ただの同僚にするには親すぎるし、恋人と呼ぶには何かが足りない。
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