この恋に、 ひとさじの 勇気を。
彼女が去ったあと、私の瞳から涙が溢れた。
そっと震える肩を抱き寄せられた。知っている手だった。
「……私、少しでも彼女の支えになれていたかな」
「なっていたよ。お前はよく頑張った」
「でも、こんな形で終わりたくなかった」
彼女は遠方の祖母の家で暮らすことになった。その地の高校に転校する。
「来いよ。真空」
彼は自分の家に私を招いた。『今日はお前、1人じゃ寝れへんやろ?』と言って。
「コーヒー?」
アルコールでも飲むのかと思っていたのに、淹れてくれたのはコーヒーだった。
キッチンで淹れてくれたコーヒーに、彼はスプーンひとさじの砂糖を入れた。
「お砂糖入れるんですね」
「気持ちがいっぱいいっぱいな時は甘いコーヒー。これ常識やからな!」
私はコーヒーはブラックしか飲まない。ブラックの方が身が引き締まる気がするから。
「その常識、良平さんだけですよ」
「ちょっと甘めのコーヒーは、疲れた心を休めてくれるねんで。騙されたと思って、飲んでみろ」
強引に手渡されたマグカップ。
私のことを励まそうとしてくれているのは分かっていたから、素直に受け取った。
熱いコーヒーに息を吹きかけて軽く冷ましたあと、口に含んだ。
……甘い。でも、優しい味だ。
じんわりと、心が温かくなる。
「本当ですね。何だかホッとする」
「やろ?甘いコーヒーが美味しいのは、お前が頑張り続けた証や」
ソファに座る私の横に腰を下ろした彼は、マグカップを持っていない方の手で頭を撫でた。
「あいつは清々しい顔をしていた。お前が後悔する必要ないんやって」
彼が言う『あいつ』は、生徒である彼女のことだろう。良平さんがそういうなら、そうなのかもしれない。
「大丈夫や。真空。お前はよくやった。間違えてなんかない」
彼の優しく力強い言葉に堪えきれなかった涙が溢れた。