この恋に、 ひとさじの 勇気を。
*最上良平のひとりごと
***
初めて見たとき、可愛い奴やと思った。
4月。俺が勤める高校では新学期を迎えた。新人採用として入ってきたのが山添真空やった。
髪は染めたことがなさそうな真っ黒なセミロング。黒いゴムで1つぐくりにしとった。いつも、白いシャツにグレーのパーカー。黒のパンツ姿。見た目は地味な方や。メイクもほとんどナチュラル。
せやけど、予想を遥かに越える方向音痴な真空は、校内で人気があった。教室を出れば、職員室の方向が分からず、その場で一回転。クルっと身を翻して、しばらくキョロキョロして考えた後に歩き出す。
その姿は可愛くて堪らへんかった。思わず、「こっちやで」って手を引っ張って連れて行ってやりたかった。地味だけど、愛嬌があって、思わず「守ってやりたい」と男の庇護欲を掻き立てる女、それが真空や。
まぁ、素直じゃない俺は、キョロキョロする彼女を爆笑するしかできひんかったけど。
思えば、最初にキョロキョロする真空を見たときから、ずっと気になってたんかもしれんな。
ノー登校デーに真空を誘ったんは、完全な下心。仕事オンリーな真空にデートする暇を与えないための作戦。真面目な真空は、俺の教材研究という言葉を完全に信じ切ってたけど。まぁ、しゃーない。俺は、真空が他の奴と一緒におるんが嫌なだけや。
教材研究という名のデート。もちろん、楽しかった。せやけど。思い出が増えて、2人の居心地が良いと思えば思うほど、真空に付き合ってほしいとは言えんようになってしもた。今の関係が壊れたくなかったからな。まぁ、しゃーない。
真空と出会って、3年目のとき、真空は初めて担任を任されることになった。副担任が俺なんはホンマに偶然。こればっかりは、さすがの俺でも仕組まれへん。人事を考えてくれた人に感謝するしかないわ。
そんなとき、2人で公園に行くことになったんや。真空の手作りお弁当付きで。卵焼きはしつこく俺が教えた甲斐あって、俺好みの味やった。タコさんウインナーとりんごのウサギもいて、笑かされた。
あぁ、ええなぁ。真空が横にいて。俺の腕枕で寝転びながら、流れる雲を見つめる。幸せってこういう時間を言うんかもしれんなぁ。
ふと隣を見ると、真空がうつらうつらしとった。朝からお弁当作ってくれるために早起きしてくれたんかなぁ。無防備な寝顔があまりに可愛くて、気がつけばキスしとった。
押し当てるだけの中学生みたいなキス。それだけやのに、胸が激しく高鳴っている。
キスの拍子に真空が起き掛けたから、虫がついていたことにして再び寝かせた。苦しい言い訳やけど、眠気まなこの真空は深くは追求してこなかった。
マズイなぁ。俺、真空に言われへんことだらけやん。
「良平さん。どうしましたか?」
声がして、振り返るとウエディングドレスを身にまとった真空が微笑んでいた。
「過去を回想しとった。いやぁ、ここまで長かったなぁと」
「そうですね。でも今幸せだからいいんです」
出会って9年。俺達は今日、結婚する。まだ真空には言えないことが、仰山あるけど、1番大切なことはちゃんと伝えたから、もうええやろ。
「真空、好きやで。結婚してくれてありがとうな」
1番大切なことは、何回でも伝えるから。
俺らのファーストキスはもうしばらく、俺だけの秘密にさせてくれ。
*fin*