この恋に、 ひとさじの 勇気を。

***

教育生活7年目。5月。

「山添先生〜!来ましたよ。彼氏さん!」
「私に彼氏なんていないわよ!」

一年生の頃から担任団として、参加させてもらったこの学年。私と良平さんのタッグは良かったらしく、3年間、一緒に仕事をした。高三のクラスは特にみんな仲が良くて、こうして、クラス会が開かれるくらいだ。

「最上先生のご登場でーす」

生徒の拍手と共に貸し切りにした座敷に現れたのは良平さんだ。およそ、1時間の遅刻。もうちらほら出来上がりつつある生徒達は、私のそばから散っていった。

「いやぁ。悪いな。遅れてしもて」
「先生〜!おそーい!山添先生寂しがってましたよ」
「山添先生のお隣座ってください!」

良平さんが隣の市にある高校に転勤して以来の1年ぶりの再会だった。どんな顔をすればいいのか分からないまま、生徒に促された良平さんが私の隣にやってきた。

「久しぶりやな。山添先生」
「お久しぶりです。最上先生」

生徒の前ではちゃんと先生と呼ぶ。それはオンオフの切り替えをハッキリさせたがる良平さんとの暗黙のルールだ。
しかしながら、私達の仲の良さは生徒達に知られているらしく、公認カップルとして当時から散々からかわれていた。

好きだと言ったこともなければ、言われたこともないのに。

「ビール頼みましょうか?」
「おう。頼むわ」

平日も休みの日も、毎日のように聞き続けたその声。彼が転勤してから、一度も連絡を取らなかったから、とても懐かしくて、切ない。

あの日の……あの夜がなければ、彼が転勤してからも連絡を取り続けていたのだろうか。

彼にビールが届いたら、再び、乾杯の音頭が取られた。私も近くの人とグラスを重ねる。もちろん、隣の彼とも。

「山添先生は今も担任やってるん?」
「いえ。今年は二年生の副担任を」
「そうか。俺も副担任や。しかも苦手な政治経済の担当」

それぞれの近況を報告していると、近くにいた生徒が声を掛けてくる。

「はい!先生、質問です」

そのニヤニヤ顔に、嫌な予感しかしない。

「……何でしょう」
「山添先生と最上先生は、いつになったら、結婚するんですか?」

予想通りの質問だったから、飲み干す途中だったビールは噴き出さずに済んだ。隣の彼は、つまみの枝豆を手に取りながら、予想通りの質問に堪えきれずにプッと笑いだした。そういえば卒業式の日に、『山添先生と最上先生が結婚するときには、俺らがビデオテープ送るから!』とか言っていたのを思い出す。

「そうそう!全く、結婚報告来ないし!」
「それとも、隠れて結婚しちゃったとか!?」
「まさかの破局!?」

1人が話し始めると、遠くの席にいた生徒達も会話に混じってきて、色々な憶測が飛び交った。根拠のない噂はこうして広がるのだろうな、と目の当たりにした気がする。

私が何を言っても信じてもらえないんだろうな。と、諦めて、ジョッキを傾けたが、ビールは入っていなかった。入っていなくて良かったと思う。隣の彼が爆弾発言をするから、きっとビールが入っていたら間違いなくむせていた。

「じゃあ、期待に応えて、結婚しちゃうか?真空」
「はぁ?」

時間だけは積み重ねてきた私達。

月一の暗黙のお出掛けとか。
姿を見るだけで高鳴る鼓動とか。
あの日の夜の出来事とか。

同僚と呼ぶには親しすぎて、恋人と呼ぶには何かが足りなくて。

……良平さん。
私はあなたの意図が全く分かりません。
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