この恋に、 ひとさじの 勇気を。

***

あの夜。
それは彼の最後の出勤日。3月末に良平さんの転勤話が出てきてから、あっという間にその日を迎えた。

「飲みに行かへんか?」
「いいですね。行きましょうか」

もしかしたら今年あたり転勤になるかもしれへん、と前から言われていたから、彼の転勤に驚きはしなかった。それでも毎日のように会っていた人だから、寂しくはあった。

机上の荷物を紙袋に詰め込んだ良平さんから呑みに誘われた。他の先生方は忙しそうだから、2人きりの送迎会だ。

仕事中もプライベートも助けてくれた大切なひと。これからは簡単に逢えないのだと想像がつくから、胸が痛んだ。

「良平さん9年間、お疲れ様でした」
「おう。色々、連れ回して悪かったな。真空」
「いえいえ。楽しかったですよ〜」

寂しさをかき消すために、ピッチが速かったのは認める。それは良平さんも一緒だ。お互い思い出話に浸りながら、何杯もジョッキを空にした。

「真空は頑張り過ぎるから、心配や。お兄ちゃんおらんでも、ちゃんと休み取るんやで」
「実の兄より過保護なお兄ちゃんですね」
「話をはぐらかすな」

どれぐらい呑んだんだろう。
自分の頬が熱を持っているのが分かる。目の前の良平さんも、瞳がトロンとしていた。

「……そろそろ、お開きにするか」
「そうですね。明日は休みとはいえ、終電も近づいてますし」
「家まで送るわ」
「駅までで大丈夫ですよ」
「あかん。真空の家は駅から遠い」

本当に過保護な人だと思いながらも、まだ彼から離れたくなかった私は素直に従った。

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