フェアリーテイルによく似た
自宅玄関前でコートの袖を握って離さない私に、加賀美君は、
「帰りたいんですけど」
とつれなく言う。
「帰らないでよ」
「困ります」
「困ってないで襲っちゃえばいいじゃない」
朝起きたら全部夢で、隣に国松さんが寝てたらどうしよう。
あのキスも、国松さんのものだったらどうしよう。
このままじゃ怖くて眠れない。
「だから酒の勢いは嫌なんです」
こんなに膳を据えているのに!
なぜ王子・国松が狼で、地味なお前が紳士なのだ!
「もう入ってください。ほら、おやすみなさい」
かなり強引に押し込められるから、さすがに諦めてドアに手をかけた。
「ありがとう。おやすみなさい」
性懲りもなくノロノロとドアを閉める。
10cm、5cmと狭まっていくドアの隙間から、怨みを込めてヤツを睨む。
これで終わり。
あと少しで終わり。
君はやっぱり落ちてはくれない。
ところが、ドアが完全に閉まる直前、加賀美君の手がそれを止めた。
「夢じゃない」と安心させるようでいて、同時に「忘れさせない」と強烈に叩き込むような猛毒が、口移しで流し込まれる。
「……なによ、これ」
「俺もやっぱり酔ってますから」
「じゃあ」と、今度こそ帰ろうとするコートの裾を、再びギュッと握って引き留める。
「これで終わり!?」
加賀美君の指が私の髪の毛をスルリと撫で、隠れていた耳をピッと引っ張った。
その冷たさで、自分の体温の高さがわかる。
「明日、聞き間違えないくらいはっきりと俺の気持ちは聞かせますから」
「期待していいの?」
「平雪さんこそ酔っ払いの戯れ言じゃなくて、真剣に応えてくださいね」
呪いのように強い言葉と指の感触が、耳を通って身体の芯を熱くする。
溶け落ちるように手の力が抜けて、その隙に本体は名残惜しさも見せずに帰ってしまった。
もう、もう死んじゃう……。
いや、まだ生きる!
少なくとも明日までは!
玄関先で崩れ落ちたまま動けない。
明日が早く来てほしいのに、やっぱり今夜は眠れる気がしない。
「あのヤロー……」
このまま永遠に、君に墜ちていたい。
『俺の視界は曇ってるから、もうずっとあなただけがかわいく見えてる』
end