フェアリーテイルによく似た
溺れてしまえ
━━━━━プルルルルル、
コール三回以内に電話を取るのは社会人の基本。
なのに、私は躊躇った。
だって……ねぇ。
━━━━━プルル、
二回目のコールが鳴った瞬間、隣から伸びた手が受話器を持ち上げる。
「━━━━━鳴海でございますか?」
中根君がちらりと横目で私を見たけれど、すぐに視線を外して付箋に手を伸ばす。
「申し訳ございません。鳴海は体調不良でお休みをいただいておりまして。お急ぎでなければ本人から折り返させますが━━━━━」
『スコール事務 神永様 折り返し連絡』
無言で私のデスクにペタリと張り付けられ、
「本当に申し訳ございません。━━━━━はい、ありがとうございます。失礼いたします」
同時に電話も終了した。
受話器を戻した彼と目が合った瞬間、軽く手を合わせる。
(ごめん。ありがと)
「いや、いいけど。明日は声出るの?」
なんだか喉の調子がおかしいと思ったのは昨日の夜。
うがい薬でうがいして、風邪薬も飲んで寝たのに、起きたら全身が痺れたように痛かった。
(なんとかする!)
本当になんとかできるものなら、昨日のうちになんとかしていたけれど。
決意を新たにレモンのど飴をふたつ口に入れてみせた。
「無理しないで帰って、病院行った方がいいよ。インフルエンザも流行ってるしさ」
(わかってる。これ終わったら帰るから)
コクコク頷いただけで頭がぐわんぐわんする。
本当に、早く帰ろう。
少しボーッとした頭で、急ぎの設計書をチェックしていたのだけど、違和感を覚えて電卓を取り出した。
一から計算し直してみると、やっぱり合わない。
……もしかして、ここのプール、測量し直したの忘れてない?
無理して出勤した頑張りが水の泡となり、風邪のせいではない痛みに頭を抱えていると、視界の端に紙コップがコトリと置かれた。
「鳴海さん、あんまり根詰めたらダメだよ」
さわやかな笑顔と共にコンビニのカフェラテプレミアムリッチを差し入れてくれたのは、女子社員支持率ナンバーワンの国松さん。
(あー、ありがとうございますぅぅぅ)
不満顔をしたのに、ペコリと頭を下げたせいで見えなかったらしく、国松さんのさわやか笑顔には傷ひとつない。
根詰めてるのはいったい誰のせいなのか。
素敵な笑顔とコンビニコーヒーで忘れる私ではない。
「リラックス、リラックス」
恨みを込めた笑顔は当然伝わらず、国松さんは断りもなく私の肩に触れて去っていく。
(あ、行っちゃった……)
白い歯が撒き散らした輝きに呆然としていたら、隣から伸びた手がカフェラテをさらった。
「カフェインはやめておいた方がいいよ」
ティッシュを一枚差し出すと、中根君は口元についたミルクの泡をぬぐう。
「国松さんの設計書でしょ? 何したの? あの人」
中根君のクリアだけどのんびりした声に、藁をも掴む勢いですがる。
(そう!そうなの!)
泣きそうな顔でバンバン叩いた書類をチラ見して、中根君も天を仰いだ。
「あー、それは作り直しだな。今日中には無理じゃない?」
(……行ってくる)
レモン臭いため息を吐いて、のっそりと立ち上がったら、イスが悲しげにギシッと音を立てた。