フェアリーテイルによく似た
廊下の先をキリリと隙のない背中が行く。
追いかける私の身体は今朝よりさらに重くなっていた。
「く▼*$#@!」
呼びかけた声はカッスカスにかすれて届かない。
思った以上のひどい声に自分でも動揺した。
こんなのでよく仕事してたな、と思い返すと、今日は中根君としか話をしていなかったことに気づいた。
(ここのデータに抜けがあって……)
指さしただけでうんうん、と頷く。
「わかった。確認して差し替えておく。前のデータもくれる?」
(えーっと、ホチキス、ホチキス)
書類を留めようとしてカスカスと間抜けな音をさせただけで、隣の席から替え針の箱がスーッと滑ってくる。
中根君はそんな感じだった。
今日だけじゃない。
これまで、いつも、ずっと。
「く▼*$#ーー@!」
私の声は空気に溶けてはじけるばかり。
無理に張り上げたら喉がヒリついて、ゲッホゲッホと咳が出た。
仕方なく走って、国松さんの「もしかしてオーダー?」っていうスーツの袖に皺を作る勢いで握る。
ちょっと嫌な顔をした国松さんは、私を見るとさわやかな笑顔を作り、それでもやんわり手をふりほどいた。
「鳴海さん、どうしたの?」
空気を求めて荒い呼吸を繰り返すばかりの私を見て、国松さんは朗らかに勘違いする。
「ああ、いいんだよ、お礼なんて。大したものじゃないから」
(いえ! 違うんです! 設計書の数字が!)
必死に首を振ると、国松さんはまたしても許可なく、私の頭にポンポンッと手をやった。
「ははは。顔、真っ赤! あ、もしかしてランチ?」
(いやいや、違います! 今はこれを!)
と差し出した設計書にも目をくれず、国松さんは申し訳なさそうな表情を作る。
「でもごめんね。俺、婚約したからそういうの無理なんだ」
知ってます。専務のお嬢様でしたっけ。
そんなことはどうでもよくて!
(違うんです! これをーーーっ!!)
「本当にごめんね。じゃあ、また」
私の必死の叫びも、国松さんのさわやか極まる笑顔に跳ね返されて空しく廊下に消えた。
(いやー! 待ってー! 行かないでー!!)
心はまだ必死に追いかけているのに、身体の方はそんな元気はない。