フェアリーテイルによく似た
「仕事なくなったし、帰ったら? 熱上がってるでしょ。顔赤いよ」
理不尽に責められたのに、不機嫌さの欠片もない。
中根君はいつも変わらない。
あまり感情の浮き沈みがなくてゆったりしている。
仕事をしていれば色々ミスやトラブルはあるわけで、私なんてその度に「ギャー!」とか「ワー!」とか騒いでるんだけど、中根君は「あー、困ったね」って穏やかなまま。
そんな彼を見ているとこっちも気持ちが落ち着いて、何とかなるような気がするのだ。
「業者さんには俺から連絡しておく。多分、半日くらいなら待ってくれるでしょ」
私の代わりにこれからまた謝罪するっていうのに、のんきに「うーーーん」と伸びをしながら廊下を戻っていく。
こんな風に中根君はあっさり解決してくれることも多くて、私が半泣きでチマチマ電卓を叩いて直していたデータを、「はい、これ」って、飴一個渡す感覚で仕上げてくれたりもした。
「インフルエンザって三十八度以上熱出るんだっけ? 今年の流行ってどんなのだったかなあ?」
鳴海調べの支持率を根こそぎ持って行ったきり、手放さない人。
熱はますます上がっていく。
「紅茶を一日一杯飲むとインフルエンザ予防になるらしいよ。でもミルク入れるとダメなんだって。本当かな」
私から溢れ出た大波が中根君を飲み込めばいいのに。
私の想いはきれいな泡になって消えたりしない。
赤いろうそく……なんて持ってないから、ありったけの赤ペンでも並べて呪いに呪って、中根君を溺れさせてやりたい。
それで二度と地上に戻れなくして、鯛やヒラメや中根君と舞い踊って、末永く暮らしたいなー。
(好き)
声の限りに叫びたくても元々出ないので、空気を揺らす吐息だけで言った。
そのはずだった。
「うん、わかってるから」
返事があって驚いた。
立ち止まった私を置いて、そのまま歩き去ろうとするから、「ショッピングモールで買ったよね」というスーツの袖をムギュウッと掴んで引き留める。
じーっと見上げてみた表情は、いつもと変わらない凪いだ顔。
わかってない。
君は全然わかってないよ、中根君。
熱でボーッとした頭は制御機能が働かず、ここが会社であることとか、仕事中であることとか、二人同時に体調崩したら仕事回らないってこととか、そういう大人としての常識がぶっ飛んだ。
(ちょっと顔貸してよ)
ネイビーブルーのネクタイを軽く引っ張ると、思いのほか素直にかがんでくれる。
体調悪いのにつま先立ちなんかしたものだから、すぐにバランスを崩したけど、いつの間にかしっかり中根君の腕に支えられていた。
どこがプレミアムリッチなのかはわからないけれど、中根君の唇は確かにカフェラテの味がした。
カフェインはやめておけと言われても、やめるつもりなんてない。
コーヒーの苦味とレモンの酸味の相性の悪ささえ、しっかり味わった。