フェアリーテイルによく似た

Ⅰ. 魔法が解ける十二時




彼らの魔法は十二時……よりもっと早く解ける。


私にとっての魔法、日々亭(ひびてい)朝餉(あさげ)

日々亭は通勤経路の途中にある定食屋さんで、朝七時から九時まで“朝餉”を、十一時から十四時まで“昼餉(ひるげ)”を出している。
メニューは日替わり定食ひとつだけ。
売り切れたら閉店。

私の会社からは少し遠いので昼餉は諦め、私は毎朝朝餉を食べに通っているのだ。

ご飯に汁物、主菜、副菜、小鉢、食後のコーヒーで700円。
お弁当が300円程度で売っている世の中だけど、高いなんて思わない。
毎日外食すると普通なら胃が疲れるのに、日々亭のご飯は家庭料理のように私の心と身体のバランスをとってくれるから。

当然家庭料理より、3ランクくらい味も盛り付けも栄養バランスも上で、私は毎朝ほどよい満腹感と「一日を一生懸命生きよう!」というエネルギーを得て職場に向かう。

そんな朝餉の魔法も永遠に続くものではなく、十二時の鐘を待たずしてくたびれた私に戻ってしまう。

そして、今日はいつもよりずっと魔法の効きが悪い……。
いや、これは呪いかもしれない。お腹なんて全然すかないのだから。


今朝、日々亭の料理人である陽成(ようせい)さんに告白した。

「やっぱり迷惑だったかな?」と不安になり、「それでも言わずにはいられなかった」と諦め、「これも私の糧になる!」と開き直る、の繰り返し。
だけど、不思議と後悔だけはしていない。

返事はもらえなかった。
意図的ではなくて、タイミングが合わなかっただけだと思うけど。

明日行ったら返事をもらえるかな?
それとも何もなかったように、お客さんとして扱われるのかな?

いずれにせよ、私は自分で選ばなければならない。
返事をもらうつもりでまた日々亭に行くのか、このまま逃げるのか。


いつから?
どうして?

わからないのは、きっとはじめから惹かれていたから。

最初は純粋にご飯のおいしさに感動した。
メニューは私でも作れるごく普通の家庭料理なのに、何がどう違うのか、何もかも違う。

どうやって作ってるのかなあ? って手元をのぞき込むようになって。
その手際のよさと丁寧さに感動して。
その気持ちがいつの間にか陽成さん自身に向かって。
気取らない笑顔と誠実な人柄に触れて。
もっと近づきたくなって。
その手に触れられたいと思うようになってしまった。

観察しても一向に私の料理の腕は上がらないのに、気持ちばかりが膨らんでいく。

料理に対する感動を恋と錯覚したのだとしても、自覚してしまった気持ちをなかったことにはできない。

世の中で店員さんに好意を持つことは別に珍しくないと思う。
だけど前に進むことは難しい。
そんな当たり前過ぎるくせに答えの出ない往復を、何度も何度も繰り返した。



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