フェアリーテイルによく似た
△4手 明るい未来
あれからすぐに切った私の髪を、元輝は楽しそうに撫でる。
「やっぱりこれ好き」
今朝は遅刻寸前なのに何度も何度も。
「さすがにもう行くから!」
そう言うと、「じゃあこれで最後」とひときわゆっくりと髪を撫でた。
神経がないはずの髪の毛は、敏感にそのぬくもりに染まっていく。
私はちゃんと「行ってきます」と言えていただろうか。
急いで階段を降りると、切ったばかりの髪が揺れて首筋をくすぐる。
それはまだ元輝に触れられているような錯覚を起こさせて、暗い階段でひとり赤くなった。
通りに出て見上げる窓は大きく開かれていて、そこから元輝が見下ろして手を振っている。
「千沙乃ー! 行ってらっしゃーい!」
以前よりもっと将棋会館に通うことになるから、当分引っ越しはしないだろう。
私はこれからもこのアパートの四階に戻ってくる。
「行ってきまーす!」
だけど私を迎えてくれるのは、暗い影を背負って尚、光に溢れた明るい未来だ。
『プレッシャーで眠れない夜をどれたけ君に救われただろう。どこにいても、結局ずっと、君の名前ばかり呼んでいた』
end