フェアリーテイルによく似た
Ⅱ. 魔法にかかる七時半
あの日━━━━━。
出勤には少し早い朝七時。
私はいつもどおり開店と同時に店の引き戸を開けた。
「いらっしゃいませー」
見事に一致した声はこの店を切り盛りする陽成さんと、お母さんの奈津芽さんのもの。
まだ誰もいない店内で、私は六つしかないカウンターの一番端に座る。
カウンターもテーブル席もすべて空いているけれど、ここが私の指定席。
ここが一番、陽成さんに近いから。
「絵麻ちゃん、いつもありがとう」
奈津芽さんが出してくれたお冷やグラスに、明かり取りの窓から朝日が差し込んで反射する。
「ようやくお日さまも出てきたねえ」
「起きるときはまだ暗いですもんね」
「最近は寒くってお布団出たくない」
「わかります、わかります」
話好きの奈津芽さんとは、世間話をする程度に親しくなり、「絵麻ちゃん」と名前で呼ばれるようになったけど、陽成さんとは思うように近づけない。
息が白いくらい寒い朝でも、よく冷えたお水はおいしい。
口が広く薄いグラスは割れやすそうで、こういう飲食店で扱うには不向きだと思う。
でも、グラスひとつでお水の味が変わるってことを、私はここで教わった。
「はい絵麻ちゃん、お待たせしました」
メニューは白ご飯に豚汁、タラの漬け焼き、じゃがいもとキャベツと卵の炒め物、ひじきの煮物にお漬け物が二切れ。
お盆に並べられた派手さはなくても隅々まで行き届いた朝餉。
ご飯の白さが、卵の黄色が、人参の橙色が、ひじきに見え隠れする豆の緑色が、ここでは不思議なほど鮮やかに見える。
焦げ目の付き方まで計算されているような見事さ。
完璧なプロの仕事。
「いただきます」
汁一口飲んだだけで、白ご飯をそのまま食べただけで、身体の中にじんわり沁みるのがよくわかる。
ああ、私たちって食べ物から栄養をもらってるんだなって。
それは幸せなことなんだなって。