フェアリーテイルによく似た
「おじちゃん自身の見た目はともかく、腕はいいんだよね」
この辺りではみーんな知ってる人気店。
しかも女性客多数。
おじちゃんにスタイリングしてもらうと恋が叶う、なんて噂まである。
実際、この店に来た女の人は、みんなきれいになって幸せそうな顔で帰って行くけれど、それは美容院帰りなら誰でもそうなるのか、おじちゃんの手によるからなのか、どっちなのかわからない。
「おじちゃん本人はずーっと独り身なのにね」
『朝陽が嫁に行く時は、俺が世界で一番きれいにしてやる』
ずっとそう言われてきた。
『おじちゃんは?』
って聞き返すと、
『俺は朝陽がちゃーんと嫁ぐのを見届けないと、安心して嫁なんてもらえないよ』
って。
サラサラ揺れる髪は、確かに恋を呼ぶらしく、よく「きれいな髪だね」って褒められる。
だけどおじちゃんは親でもないくせに過保護で、私の帰りが遅いと不機嫌になるからデートもできない。
窓の灯りでバレちゃうから誤魔化せないし、どうしても帰り時間が気になって、残業や職場の飲み会すら気を使う始末。
私に彼氏ができないのは絶対おじちゃんのせいだ。
おじちゃんにもずっと彼女はいなくて、何年も何年も、時が止まったように同じ関係の私たち。
そろそろ恋に目覚めたいなって思う。
実はもうずっと思ってる。
「おじちゃん」
美容師特有の髪だけを撫でるような仕草を鏡越しに見る。
「今日、仕事が終わったら来てもいい?」
「ああ、いいよ」
「今夜は世界一きれいにしてくれる?」
私の毛先で一瞬手が止まった後、何でもないように軽い声で言う。
「……なんだ、デートか?」
「うん」
デートに誘われた。
やっぱり今回も「きれいな髪だね」って言われて。
『理玖君にデートに誘われるなんて、すっごいチャンスじゃない! 超羨ましい~!!』
職場で人気のある人だったから、私より友人たちの方が盛り上がってしまって大変だった。
言われなくてもこれはチャンスだなって、私も思った。
だけど迷って。
考えて。
悩んで。
迷って、迷って。
それでおじちゃんに予約を入れた。
それでもまだ迷ってる。
迷ってる。
迷ってる。
迷っているのはデートに行きたいのか、行きたくないのかじゃなくて、もっと別のこと。