フェアリーテイルによく似た
◇
おろしたての淡いブルーのシャツワンピース。
腰にはリボン。
潤んで見える目。
バラのような唇。
つやつやに輝く髪の毛は、自然な感じにゆるくまとめられて。
手際のいいおじちゃんの作業が、今日は終わらない。
『朝陽がきれいになりますように』
『朝陽が幸せになりますように』
たくさんの祈りを込めてくれるおじちゃんの手が大好きだった。
事実、おじちゃんに髪を撫でられるたび、私はきれいになったし、幸せになれた。
だけど今日は、どうか今日だけは、祈らないで欲しい。
「デートに行く」って言ったんだから。
「もういいんじゃない?」
「いや、まだ。ちょっと、ここが跳ねてる」
「そんなの風が吹けば同じだよ」
「うん、……でも」
「遅れちゃう」
名残惜しげに後れ毛の位置を調整して、ピンを直して、前髪を整えて。
髪だけを撫でるいつもの美容師の手じゃなくて、もっと気持ちのこもった手で、私の髪を、頭を、かすめるように首筋を、何度も何度も撫でる。
何度も何度も何度も何度も。
それでもとうとうすることがなくなって、おじちゃんの手が離れた。
「世界一きれいになった?」
「俺がやったんだから当然」
「えへへ、ありがと」
忙しそうに後片づけするおじちゃんは、いつもみたいに見送ってくれない。
「おじちゃん」
「ん?」
やっぱりおじちゃんは丁寧に丁寧に床を掃くばかりで、私のことは見ないまま。
「今夜は、遅くなるから」
おじちゃんは返事をせずに、ずーっとずーっと同じところばかり、丁寧に丁寧に掃き続けている。
店は全然きれいになっていかないのに、無駄な掃除を続ける。
そんな状態なのに、やっぱり何も言ってくれないんだね。
店を出た私はひとりで歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
田中クリーニング店の前を通って、サンサンマートの前を通って、清水小児科クリニックの前を通って、歩く。
歩く。
歩く。
立ち止まって振り返るけど、おじちゃんは追いかけてなんて来てくれてなくて、何度も直した後れ毛が、夏の匂いを含んだ夜風に揺れるばかり。
いいの? おじちゃん。
私が別の人のものになっても、本当にいいの?
脚が痛くなるピンヒールでふたたび歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
高校の前を通って、サワハタ書店の駐車場を通り抜けて、向かう先は、ぐるりと回って元の位置。