フェアリーテイルによく似た




停電は今日になっても続いていて、店を開けることはおろか、店内の整理だってできない。
そう思ってたのに、

「本を売る!」

あまりの惨状にちょっと呆然としてしまったわたしと、社員である加治さん、真柴さんに向かって、白い息を吐きながら店長は言い放った。

「は?」

きれいなラインの眉毛を器用に持ち上げて、真柴さんが不機嫌な声を出す。

「停電中なんですよ? 寒いのはともかく、電気はつかなくて真っ暗だし、そもそもレジが動かないのにどうやって売るんですか?」

「電卓で手計算して売る。店内は無理だから、店先で売る」

「何もそこまでする必要ありますか?」

店長より年上の加治さんは低く落ち着いた声でたしなめた。

「今だから売る。停電だからほとんどの店はやってないし、家にいたってテレビもつかない。だからむしろ今なら売れる! 普段本を買わない人でも、今日ならきっと本を買う!」

商魂たくましい発言に、みんな諦めのため息をついた。
眉間に皺を寄せつつも、加治さんと真柴さんは段取りの相談を始める。
その輪に加わらず、店長は乱雑に積み上げられた漫画雑誌を一冊手に取った。

「こんな状況だとさ、気持ちが落ち込むじゃない。そんな時に本屋が開いてたらホッとすると思うんだよね」

店長は前に言っていた。

『どんなに頑張っても人口が減っていく土地で本屋は生き残れないと思う。だけど、一年でも長く、本屋をここに残したいなあ』

新しい紙の匂い。
発売日に並ぶ本の山。
その中から一番きれいな一冊を選ぶ真剣な気持ち。
店長が小さい頃味わったたくさんの幸せを、この土地に残したいんだって。
売上だって、そのために必要なものなのだ。

常連さんが飽きないように季節に合った本を展示して、新刊以外にも面白いと思う作品を発掘して、出版社や作家さんに交渉してオリジナルの帯や販促ペーパーを自作して、やれることは何でもやる。
だから本の場所がコロコロ変わっても、面倒な作業が増えても、誰も文句なんて言わない。
真柴さんも加治さんも、店長のその努力を知っているから、変な衣装だって嫌な顔をするだけでちゃんと着るし、今回もそれ以上反対しなかった。

店長って、そういうバカな人なんだ。

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