フェアリーテイルによく似た
店長の言った通り、本は思ったより売れた。
ダンボールに詰め込まれた本は、漫画や雑誌、文庫など手に取りやすいものばかり。
普段あまり本を読まなくても、今日ばかりは例外的に買ってくれた人もいた。
「スリップは必ず保管して。あと消費税も忘れずに加算してください。レシートを出せないことはあらかじめお伝えして、どうしてもという方には領収書を━━━━━」
店中の電卓を集めて、真柴さんが指示を出す。
信号機も止まってしまって交通は混乱状態。
こんな時出勤したアルバイトはわたし以外に二人だけ。
社員の三人は日暮れまでの六時間、寒空の下ぶっ通しで働き続けた。
計算が苦手なわたしは主に呼び込みと商品の整頓や補充を担当したのだけど、普段レジでピッピッと終わる会計を手計算でするのはかなり大変そうだった。
「店長、これかなりレジ誤差出るんじゃないでしょうか」
加治さんは最初の一時間で不安そうに言った。
けれど店長は、
「ま、やってみようよ」
と、販売をやめなかったのだ。
「和泉さん、疲れた?」
本を整理する手が止まっていて、慌てて再開する。
店長は責めているんじゃなくて、きっと本当に心配してくれたから笑顔を返した。
「いえ! 大丈夫でーす!」
「ちょっと店の中でこれ食べておいで」
渡されたのはいちごみるくの飴、アーモンドチョコレート、小さなサラミなど個包装されたお菓子。
「わあ! ありがとうございます!」
元気な声はちゃんと出せたけど、手のひらに少しだけ店長の冷えきった指先が触れて、つい目をそらした。
「ずっとポケットに入ってたから、何回か洗濯しちゃったかもしれないけどね」
「うわー、ありがとうございますぅ……」
真柴さんが、グルグル巻いたマフラーの奥で呆れた顔をしながら近づいてきて、店長の背中にわざとぶつかった。
「いい大人のくせに、素直に渡せませんかね」
「真柴さん、余計なこと言わないで」
店長が睨んだところで、真柴さんは全然気にしない。
コートのポケットに手を突っ込んだまま、お尻で店長を追い払ってから、わたしに微笑みかける。
「茉莉花ちゃん、休憩どうぞ。三十分だけで悪いけど」
と、ポットに入った熱いほうじ茶と紙コップ、そして大きなおにぎり(真柴さんのおばあちゃんの差し入れ)を渡してくれた。
三角のアルミから、お米のいい匂いがする。
「ありがとうございます。おいしそう!」
「電気使えない代わりにガスで炊いたから、むしろおいしいよ。店長、まだいたんですか? さっさと戻ってください!」
真柴さんに追い立てられる姿に、格好いいところなんてないはずなのに、くたびれたダウンコートさえ特別に見えて仕方ない。
「店長って、格好よく見えませんか?」
「見えない」
いつものことながら、真柴さんは容赦ない。
「でも茉莉花ちゃんの気持ちはわかるよ。恋ってそういうものだよね」
この気持ちは、何か怪しいものを食べたわけじゃなくて、やっぱり恋なのか。
「わたし、どうしたらいいんでしょうか?」
真柴さんは腕に抱えた本の中から、人気少女漫画を選んで、表紙をわたしに向けた。
「それがわからないから、みんな悩むんでしょ」
その愁いを帯びた女の子は、何を悩んでいるのだろう。
誰を想っているのだろう。
わたしが何か言う前に、真柴さんはふたたび漫画を抱え直して売り場へと戻って行く。
口の中でアーモンドチョコレートが、ゆっくりと溶けていった。