フェアリーテイルによく似た
★二つ目の願い 『この想いを伝えたい』
ああ、この人のこういう背中をたくさん見てきたな、と思った。
ちょっと本を整理しようとしてつい中身を開いちゃって、しゃがんだままじっと読み耽っている姿。
『みんな、本当にお疲れさま! 今日はもう帰っていいよ』
そう言って解散したけど、店長自身は残ってるんじゃないかなって戻ってみると、案の定。
「店長」
こんな時は呼びかけても一回くらいじゃ気付いてもらえないのが常で。
「店長ー」
みんなだんだん声が大きくなって。
「店長!」
ベテランアルバイトの工藤さんはモップで頭をはたいたり、真柴さんなんか美脚をしならせてお尻を蹴ったりして、それでやっとこっちの世界に戻ってくる。
私は抱きついてしまいたいなあ、という気持ちを抱えながら、そっとその背中に手を置いた。
「……店長」
さっきよりずっと小さな声だったのに、今度は驚き過ぎて前のめりに倒れ、落としそうになった本を守ったせいで変な尻餅をついた。
「うわ、わ! おっと! いてっ! え? あれ? 和泉さん?」
「大丈夫ですか?」
「ああ、本は大丈夫。俺はまあまあ」
尻餅姿の店長に向き合って、私も古びたカーペットの上に正座した。
まだ混乱の余韻が残るその顔を、冷静な気持ちで眺める。
「店長、私…………」
言いたいことがたくさんある。
いっそ気持ち悪いほど込み上げてくるから、吐いて楽になりたい。
だから戻ってきたのに、何からどう話したら伝わるのか全然わからない。
でも今店長と向き合ってはっきりわかる。
世界がどんなに広くても、本の中がどれほど深くても、今私の世界には店長しかいない。
「何? また叶えて欲しい願い事でもできた?」
店長、実質まだひとつも願いは叶えてもらってませんけど。
叶えられるのは店長だけなのに。
「店長だったら、何を願いますか?」
この人のことだから「本を売りたい」とか「面白い本が欲しい」とか言うのかなって予想していた。
だけど、もし「結婚したい!」「美人の彼女が欲しい!」なんて言われたらどうしよう。
「……一万円欲しい」
「は?」
なんだ、その中途半端な願い事は。
「理由もなくもらって素直に喜べる上限って一万円かなって思って。それ以上だと怖いだけだから。いや、一万円も怖いな……五千、三千、いや千円?」
どんどん下がっていく欲望。
「何もいらないよ」っていう美しい無欲の精神じゃなくて、「なんか怖い」っていう防衛本能が店長らしい。
「お金以外には?」
「お金以外だと喜べるかなあ? 宝石積み上げて恋人買っても虚しいだけだし。単純に『お疲れ様です』ってペットボトル一本もらえるのが一番嬉しいかも」
それはもはや魔法でも願い事でも何でもない。
魔法でも使わなければ手に入らないものだって世の中にはある。
だけどきっとこの人は、そんなものを望まないのだろう。