フェアリーテイルによく似た
★三つ目の願い 『もっとずっと』
店長は少し呆然としていたけれど、ひとりで納得したように頷いた。
「『そのまま』っていう俺の言い方が悪かったかな。だけど言葉以外では伝わってきたから、まあいいか」
店長の手がわたしの手を離れて、今度は顔を包み込んだ。
「ありがとう」
さっきまで冷えきっていたその手は熱いほどで、熱がやさしく伝わってくる。
それを全身で感じたくてそっと目を閉じると、手が背中に回り強く抱き締められた。
「一緒にゆっくり進もう」
地震のときとはまた違う、甘ったるい声だった。
その余韻に浸る間もなく、あたたかい腕の中で身じろぎして、わたしは満足そうな店長の襟首を締め上げるように引き寄せる。
「もっと」
「……は?」
睫毛の触れるほどの位置から店長を見上げると、すっかり動揺して目を見開いていた。
「店長、もっと!」
「えええええ! いや、あの、ここから徐々に距離を詰めて行こうと……」
「そんなまどろっこしいこといらないです」
「いや、でも、俺の心の準備が」
「仁さん、怖いの?」
想いを伝えることは怖い。
関係を変えることも怖い。
怖がりなわたしはゆっくりなんて待っていられない。
早くもっと深い気持ちが知りたい。
締め上げていたわたしの手をやさしく取って、仁さんは複雑そうに笑う。
「それ、君が言うの?」
「だって、わたしでもさすがに千円よりは高いと思うから。理由なくもらったら怖い?」
気軽にもらわれても嫌だけど、遠慮はして欲しくない。
喜んで受け取って、末永く大事にして欲しい。
「怖いよ。夢だったらどうしよう」
「夢でもいいじゃない。千夜でも十万夜でも夢を見てれば」
「そんなに長生きできないよ」
これは願いじゃなくて、私の強い祈り。
「えっと、じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
好きな人とのキスは、わたしが知ってるどの経験とも違っていて、そこには新しい世界が広がっていた。
今ならこの古くて汚いカーペットで空も飛べそう。
余韻の残る唇は、魔法みたいに自然とひとつの言葉を紡いだ。
「好きです」
「……よかった。その言葉を知っててくれて」
願い事は三つどころではないけれど、仁さんはケチケチしないって言っていたから、これからもたくさんお願いをしよう。
一緒にお弁当も食べたいし、テーマパークにも行きたいし、ふたりでお酒も飲んでみたい。
だけどとりあえず「今夜ずっと一緒にいたい」って言ったら、仁さんはどんな本を持ってくるのかな?
『いや、でも。人の心さえ動かせるなら、魔法に手を出しちゃったかなー。後で虚しい思いをしても、一瞬でいいから君が欲しいって思ってたから』
end