フェアリーテイルによく似た
古瀬有紀さんはハーブティーの生産者だ。
初めて有紀さんの字を見た時、その美しさにびっくりして、ただの納品伝票だったのに捨てられなかった。
数字や商品名といったごく短い文字でさえ、とても美麗で惚れ惚れとする。
柔らかく流れるようなのに、迷いも揺らぎもない芯の強さを感じるとてもきれいな字。
それ以来、彼女からの伝票は、処理が終わって破棄する分まですべてとってある。
『とてもきれいな字ですね。ちょっと感動しました』
発注書の余白にそう書いて送ったら、
『ありがとうございます。なんだか恥ずかしいです』
と納品伝票の余白に返事があった。
毎回必ずメッセージをつけるようになって、いつの間にか文通に発展してしまった。
ついには恋の相談までするほど。
『好きな人がいます。何も知らないのに好きなんです。こんなの、やっぱりただの錯覚ですよね』
『一目惚れはあります。莉亜さんは、自分のことを何も知らない人から好かれたら、迷惑ですか?』
『好意を持ってくださることは嬉しいです。だけど私の場合、相手はお客様なので、好きになっても仕方ないのに。バカですよね』
『打算がない、ということだと思います』
『打算ではありませんが欲はあります。最初は見るだけで幸せだったのに、もうそれだけじゃ物足りなくて』
『愛しいと思うものに手を伸ばしたくなるのは自然なことです。簡単ではありませんが。よくわかります』
『有紀さんも好きな人がいるんですか?』
『はい。近づく勇気も出せませんが』
会ったこともないのに、もう友達のような気さえしてしまっている。
いや、こんな恋の相談をしているのは有紀さんだけだから、ある意味友達より親密かもしれない。
有紀さんの短い返信には、深い想いを感じた。
その彼女が勇気を出す、というのだから、私もそうしたいと思う。
「ご馳走さまでした」
「ありがとうございます。650円です」
お財布から千円札を取り出す手を、じっと見つめる。
日に焼けてはいるものの、指が細くて長く、いつも見惚れてしまう。
おつりを渡す時に少しでも触れようものなら、顔が赤くなってしまうから困る。
そういう手だ。